気づくと、俺は何もない空間にいた。
周囲は真っ白。上も真っ白。下も真っ白。とにかく目が痛くなる白さだった。光源らしきものは全く見当たらないのに、『白い』ということはきちんと認識できた。
それに、どうやら地面はあるようで、俺はその上に座っているようだった。俺は立ち上がって改めて周囲を見渡す。白い空間が続いていた。いや、あまりにも単調な白一色なので遠近感が潰れているだけで、もしかしたらすぐそこに壁があるかもしれない。俺はなんとなく怖さを感じた。
「気がついたかい?」
頭の中に響き渡るような声がした。さっき辺りを見渡した時は誰もいなかったはず。突然の他者の声に、俺は慌てて周囲を見渡す。
すると、俺の後ろの方、二十メートルくらいに、いつの間にか誰かがいた。俺は少々薄気味悪さを感じながら、そちらへとゆっくり近づく。
そこには、一人の人間が胡坐をかいて座っていた。大人とも子供とも、男とも女とも判別のつかない、非常に中性的な見た目をしている。この人……いや、そもそも人かどうかすら怪しいのだが、この人物がさっき、俺に呼びかけたのだろう。それしか考えられない。ずっとニコニコしてこちらを向いている。
俺はその人の五メートルくらい前に立ち止まる。何者なのか、俺に何をしてくるか分からないので、これ以上近づきたくない。
「……貴方は誰ですか?」
まず俺はそう問いかける。恐らく人間ではないだろう。
俺の問いかけに対して、目の前の人物は、口を開くことなく俺の脳内に直接語り掛けるようにして答える。
「僕は、君たちの世界で『神』と呼ばれている存在さ」
「……神」
日常生活でこんな受け答えをしてきたら、俺は相手の頭が狂っている、と判断するだろう。しかし、何故か俺は、ああ、この人は神なんだ、とすんなり受け入れた。
「ま、正確には君たちの世界より、少しばかり高次元の存在ってだけなんだけどね」
いわゆる『高次元生命体』というやつなのだろうか……。少なくとも、俺よりは力を持っている存在であるようだ。この白い空間に俺を連れてきたのも、この人物なのだろう。もし機嫌を損ねてしまったら、俺は簡単に消されてしまうだろうな。
ここで、俺はハッと思い出す。そうだ、こんなところで呑気に話をしている場合ではない。今こうしている間にも五十嵐は苦しんでいるのだ。この謎の世界から早く現実世界に戻って何とかしなければならない。
「あの、とにかく俺をここから出して元の場所に戻してくれませんか⁉ 今、五十嵐が大変なことに……」
「ああ、それなら心配いらないよ。ここは元の世界の時間軸からは切り離された、ちょっと特殊な世界だからね」
……元の世界では時間が止まっている、ということか? それでも、こんなところに長居はしたくない。
そもそも、この神は何の目的で俺をこの世界に連れてきたのだろうか? 理由も無しに、気まぐれに俺を連れてきたのだろうか。それに、何故あのタイミングで、俺をここに連れてきたのだろうか? 俺をどうしたいのだろうか。そう思って神を見るが、その表情からは何も読み取れない。
「……何が目的なんですか?」
「どうしてそんな喧嘩腰なのさ。まあ、座ってよ」
「はぁ……」
俺は言われるがまま腰を下ろす。
そして、神はおもむろに口を開いた。
「……今から、君には大事なことを伝えようと思ってね。ここに連れてきたんだ」
「大事なこと」
「そう」
そして、一呼吸置くと、神は続けた。
「君が五十嵐ひかり、と呼んでいる、天使セラフィリの正体について、さ」