それを見た瞬間、わたしの頭に強烈な痛みが迸る。
それに耐えていると、不意に、記憶の中のある光景が脳裏に浮かび上がってきた。
まるで古いフォルム映画でも見ているかのようなモノクロの景色。音も匂いも何も思い出せない。だが、景色は今見てきたみたいだった。
今、わたしは学校から出て行こうとしている。もちろん、今通っている高校ではない。見たことがあるはずがないのに、どこか懐かしい。わたしは今よりも少し幼い顔の慧と、何やら話しながら一緒に出ていく。
校門脇に『中学校』と書かれている。明らかに通ったことがない学校だ。しかし、確かにわたしはそれを経験していたかのように――いや、経験している。
決してわたしには存在しえない記憶だ。でも存在している。いったいどういうこと……?
見覚えが無いはずなのに存在しているという矛盾を孕んだ記憶、そして頭痛の中で、わたしは混乱する。
すると、何の前触れもなく、脳裏に浮かぶシーンが切り替わった。
まだ一度しか経験したはずが無い大雪。雪が厚く降り積もっていく中、私の隣で慧が雪だるまをせっせと丸めている。
おかしい、と理性が叫ぶ。だって、大雪の時、慧はわたしと雪合戦をしただけで、雪だるまは作っていない!
しかし、これは事実だと、わたしは直感的に分かった。モノクロがかかっているが、これは実際にあった出来事だ。
そしてそれからは数秒ごとに記憶のワンシーンがどんどん移り変わっていく。
桜が穏やかに散る中で慧と一緒に登校したある春の日。
太陽がぎらつく中で慧と一緒にプールに行ったある夏の日。
紅葉が生える中で皆とバーベキューをしたある秋の日。
雪がちらちら舞う中で慧と一緒に下校したある冬の日。
まるで記憶の堰が一気に切られたかのように、ものすごい勢いで次々と記憶が流れていく。
わたしは体験したことが無いはずなのに、何故か存在する記憶。
……いや、違う。
見たことがないが、見たことがある。
これは紛れもない、全部、わたし自身の記憶だ。
この瞬間、わたしはようやく思い出した。自分が何者なのか、これまで見た既視感は何だったのか。
わたしは、五十川光だったんだ。