「……急にどうしたんだよ、五十嵐?」
昨日の昼、お墓参りに行くと俺が言った直後、五十嵐も行きたいと言い出した。
俺が墓参りに行くのには、故人とは深い関係があって、しかも目の前でその最期を目撃した、という事情があるからだ。もっちーや水無瀬も、故人とそれなりの関係を築いていたので、彼らが墓参りに行きたいと言っても納得はできる。
しかし、五十嵐はどうだろうか。故人とは会ったことがないし、話したこともない。ましてや、親族関係にあるわけでもない。名前が同じだという共通点は存在するものの、それだけだ。関係のない人を墓参りに連れて行くのは、どうなのだろうか。
俺が躊躇していると、五十嵐が言う。
「……わたしは、慧の許嫁として、光さんにきちんと報告したいな、って思うの。あなたがずっと見てきていた慧は、こんなにも素敵な人になったんだ、って、光さんにわたしからも伝えたいんだ」
「…………」
「慧、連れて行ってあげてもいいんじゃない」
「母さん……」
母さんは、俺の思考を読んだかのように言った。
「ひかりちゃんは、確かに関係がない人かもしれないけど、親族や友人以外がお墓参りしちゃダメ、っていうルールはないわ。ここはひかりちゃんの意志を尊重してあげなさい」
「……分かった」
五十嵐の気持ちを無碍にすることはできない。俺は、母さんの言う通りに、五十嵐を連れて行くことに決めたのだった。
そんなことを思い出していると、電車はいつの間にか終点に到着していた。山に囲まれた、小さな駅だ。
数年ぶりにそのホームに降り立つと、俺たちは道順を確認して歩き始める。
交通量の少ない、広い峠道をゆっくり上っていく。分け入っても分け入っても青い山。こんなところに、本当に霊園などあるのだろうか、と少し疑ってしまう。
しかし、しばらく歩くと、突然森がなくなり丘が現れた。入り口の奥にはお墓が並んで立っているのが見える。
「……ここか」
間違いない、地図アプリと照らし合わせても、ここで合っている。五十嵐を見ると、少し息を切らして疲れているようだった。てっきりこの道くらいなら余裕だろう、と思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
「大丈夫か? 少し休憩するか?」
「……いや、いいよ。このまま進んじゃおう」
「分かった」
俺たちはそのまま霊園の中に入る。
霊園は広かった。何百、何千、いや何万もの墓がびっしり立っている。思わず足がすくみそうになるが、目的地まであと少し、ここで引き返すわけにはいかない。
黙ってお墓の間を進んでいくこと数分。俺たちは立ち止まった。目の前の墓石に刻まれた文字を読む。
「『五十川家之墓』……」
俺は、遂に二年ぶりに、彼女……五十川光に対面した。