二人は、俺が差し出したクッキーの袋を受け取る。
「これは……いわゆる『白き日』のお返しというやつか?」
「そうそう、ホワイトデーな」
今日は三月十四日。我が校は卒業式の日だが、世間一般ではホワイトデーの日、として認識されている。ホワイトデーとは、バレンタインデーにバレンタインチョコなどを貰った男性が、それをくれた女性に何かお返しをする日、である。だから、俺はバレンタインチョコをくれた水無瀬と五十嵐に、こうしてクッキーを贈ったというわけだ。
「本当は、水無瀬は高級チョコレートをくれたから、それに見合ったものを返したかったんだが……少々厳しくてな。手作りクッキーになってしまった。すまん」
「……いや、我はこれで充分満たされる。礼を言う……慧」
「なら良かった」
流石に水無瀬の高級チョコレートに見合うだけのお菓子を買えるほどの財力は俺にはない。手作りというオリジナリティーを付加することで何とか価値のあるものにしようとしたのだが……水無瀬は満足してくれたようだ。よかったよかった。
一方の五十嵐はクッキーの袋を持って固まっている。い、一応『本命チョコ』発言をして自爆したとはいえ、その気持ちに見合うように、多めに手作りクッキーを入れてお返ししたのだが……お気に召さなかったのだろうか。やはり他の女子と同じ中身だと不公平に感じてしまうだろうか……。
「あの……イガラシさん? 大丈夫ですか?」
「……慧、最近わたしを台所に入れないようにしていたよね?」
「そうだな」
「わたしが無理やり台所に入ろうとすると、怒ってきたよね?」
「……んまあ、クッキーを作ってるの、秘密にしようと思っていたから」
「わたしを、嫌いになったわけじゃなかったんだよね?」
「当たり前だろ! だったらわざわざお返しにクッキーなんて焼いて渡さないぞ」
「……よかったぁ〜」
そう言うと、五十嵐はダバーと涙を流し始めた。
突然の事態に、俺は困惑する。まさかクッキーを渡しただけで泣かれるとは思うまい。
「アンタ……ひかりを泣かせたわね……」
すると、五十嵐の隣にいるアリスが禍々しい雰囲気を纏いながら俺のことを睨んできた。今にも殺されてしまいそうな感じがして、ヒュンと心臓が縮む。
「ちょ、おい、アリス……誤解だって誤解!」
「でも……ひかりを泣かせたのは事実じゃない……?」
ヒィー! 怖い怖い! 怖いよアリスさん! ジリジリとこっちに迫ってこないでー!
サプライズで手作りクッキーを作っていたために、俺が最近、五十嵐が台所に入らないようにしていたのは事実だ。もしかしたら、そのとき少々キツく言いすぎていたかもしれない。だけど、決して、五十嵐に『慧は自分のことを嫌っている』なんて思わせようとしたわけじゃないんだよ!
そんな俺の思考を天使の力で読み取ったのか、アリスの禍々しいオーラが少し弱まった。
「だったらひかりに謝りなさいよ……」
「ごめん、ごめんて五十嵐! そんなふうに思わせようとしたわけじゃないんだ! 俺はただサプライズをしようとしていただけなんだ!」
「……ほんと?」
「マジだ」
「……分かった」
俺がそういうと、五十嵐はニコッと笑った。その笑顔があまりにも可愛くて、天使かと思ってしまった。いや、実際天使だったんだけど。
「ヒュ〜、お二人さんラブラブだね〜」
「なっ、もっちー⁉︎」
そして、いつの間にか教室の戻ってきたもっちーが、俺たちをからかうのだった。