翌日、三月十四日。平日の水曜日なので、普段は授業があるのだが、今日は一切の授業が存在しない。なぜならば……。
「それでは、これから第七十一回、卒業式を挙行いたします。一同、礼!」
今日は三年生の卒業式だからだ。
卒業式には、三年生はもちろん、二年生や一年生も全員出席する。とはいえ、普通の一年生や二年生がやることは、いいタイミングで拍手をすることや、校歌を歌うことくらいしかない。あとは黙って静かに座っているだけだ。三年生にとっては、自分達の門出なので色々思うところはあるだろうが、一部の下級生はきっと『早く終わってくれ〜!』と思っているだろう。
俺は帰宅部だし、放送委員会で特に仲のいい先輩もいないので、三年生との繋がりは非常に薄い。ただぼんやりと前の方に座っている三年生の先輩方の背中を見つめていた。
このまま順調にいけば、二年後俺もあの場所に座ることになる。そのとき、俺は何を思っているのだろう。そんなことをぼんやり考えていた。
式が始まってしばらくすると、在校生代表の式辞を読む時間になった。名前を呼ばれて、姉ちゃんが立ち上がり、壇上へと進む。
普段の家での様子とは違い、その姿は非常に堂々としていた。これが本来の姉ちゃんなのか、それとも家での姿が本来の姿なのか、分からなくなってくる。ただ、今の姉ちゃんの姿は、確かに『カリスマ生徒会長』と呼ぶにふさわしかった。
姉ちゃんの式辞の後は、都の教育委員会のお偉いさんの式辞、PTA会長の式辞、校長の式辞など、長ったらしい式辞があり、それからやっと、午前が終わる頃にようやく卒業式は終了した。先輩方の退場を拍手で見送った後、俺たちも体育館を後にして教室に戻る。
卒業式が終了したので今日はこれで解散だ。生徒たちが続々と教室を後にする。ただ、一部の運動系の部活に参加している部員は、卒業式の会場の片付けに向かっていた。バスケ部のもっちーはそのうちの一人で、荷物を置いたまま急いで教室から飛び出していった。
本来ならこのまま帰っても問題ないのだが、俺にはまだこの学校に残ってやるべきことがあった。
俺は、周囲を見渡すと、帰ろうとまさに教室を出ようとしている人物の背中に声をかけた。
「水無瀬、五十嵐、ちょっと待ってくれないか?」
「……何用?」
「……どうしたの?」
彼女たちは不思議そうに俺の方を振り返る。そして、五十嵐にひっついているアリスは不機嫌そうな顔をする。
「早くしなさいよね」
「分かってる。一分で終わるからさ」
俺は自分のバッグの中を漁ると、目的のものを引っ掴む。触った感触からすると、割れてはいないようだ。
「今日は三月十四日だろ? だから、この前のお返しだ」
そう言って俺が二人に差し出したのは、クッキーの入った袋だった。