わたしの名前は五十嵐ひかり。雨宮家に居候している元天使で、慧の許嫁だ。
最近、わたしには悩みがある。それは、最近慧がわたしに対してよそよそしい、ということだ。正確に言うと、わたしがあることをしようとすると、急によそよそしくなるのだ。
この家の家事の大半は、慧が担っている。居候している身として、全てを任せてしまうのはよくないと思って、これまでわたしのできる範囲で慧の家事を手伝ってきた。だけど、最近の慧は何かおかしい。わたしが手伝おうとすると、断ってくることがあるのだ。
それは、わたしが台所に入ろうとするとき。これまでは、料理の手伝いや配膳をするために台所に入っていたのだけれど、ここ一週間、わたしが入ろうとすると彼は強い口調で静止してくる。それでも、食い下がっていると、彼は強い口調でやめろ、と台所の入り口からわたしを遠ざけてきた。配膳さえも許してくれない。
いったい、わたしの何がいけないのだろう。それをずっと考えているけれど、思い当たることは全くない。料理で失敗してしまったこともないし、勝手に冷蔵庫の中を漁って怒られた、なんてこともない。
かと言って、慧に聞いてみても、彼は歯切れの悪い返事しかせず、強引に話を打ち切ってくる。何度か聞いてみたものの、わたしの何がいけないのかはついぞ分からないままだった。
彼が何かをわたしに隠しているのは確実だけど、何を隠しているのかが全然分からない。だから、わたしの不安が大きくなっていった。今のところは、それ以外は普通に接してくれるのだけれど、もしわたしの行動全てに対して、こんな態度になってしまったら……と思うと、ゾッとする。
わたしは居候で慧の許嫁だ。慧に嫌われてしまったら許嫁でもなくなってしまうだろうし、この家での立場も危うくなる。だから、なんとしてでも、なるべく早くこの事態を解決する必要があった。
「というわけなんですけど、何か心当たりはありませんか……?」
「うーん、そうねぇ……」
というわけで、わたしは舞さんを自分の部屋に呼んで、このことを相談した。慧のお姉さんなら、何か聞いているかもしれないし、そうでなくても、慧の考えていることが分かるかもしれない。
舞さんは、わたしのベッドの上であぐらをかいてゆらゆらと揺れる。
「確認だけど、慧はひかりちゃんが台所に入ろうとすると怒るのよね?」
「そうです」
「それ以外の場面では怒らないのよね?」
「はい」
うーん、と舞さんは唸る。
「台所……? 電子レンジ、冷蔵庫……料理……あ」
その瞬間、舞さんは何かを閃いたようだった。
「分かったんですか!」
「うん、まあね」
「教えてください!」
わたしは舞さんの方へ身を乗りだす。しかし、舞さんはふふっ、と笑うだけだった。
「うーん、これは教えない方がいいかもしれないわね」
「えっ!」
「大丈夫、明日になれば分かるわよ」
「で、でも……」
「心配しないで、慧はひかりちゃんのことが嫌い、っていうわけじゃないわ。それだけは絶対にない。とにかく、明日になれば分かるわよ」
「は、はぁ……」
そう言って舞さんは部屋を去っていったが、どういうことかは結局教えてくれなかった。
この晩、わたしはあまりよく寝付けなかった。