「ふぅ……やっと収まったわ……」
そう呟く姉ちゃんは、ねじったティッシュを鼻の穴に詰め込みながらそう言った。
鼻血が出たから詰めているのではない。鼻水が止まらないから、仕方なく栓をしているのだ。
「それにしても、舞さん、花粉症だったんですね」
「そうなのよ~……はくしょーん!」
姉ちゃんはくしゃみをして、早速鼻に詰めたばかりのティッシュを勢いよく飛ばした。まるでコントだな。
「本当に花粉症が酷くて……。色々試しているんだけど、マスクと花粉用メガネは外出には必須ね……」
姉ちゃんはティッシュを新しく数枚取り出すと、鼻をかみ、ねじったティッシュを鼻の穴に詰め直した。
「本当に、慧が羨ましいわ~。なんで姉弟なのに花粉症になってないのよ」
「さあな」
「そんなことってあるの?」
「そうだな。こればっかりは体質だからな。俺もそのうちなるかもしれない」
花粉症の怖いところは、誰でもなりうる、というところだ。
花粉症は、よくバケツと水の関係に例えられる。水が花粉で、バケツが花粉に対する体の許容量だ。バケツにどんどん水を入れていく時、水が溢れないうちは大丈夫だが、そのうち溢れてしまう。人体も、花粉にずっと触れている時、体の許容量を超えないうちは大丈夫だが、そのうち閾値を超えて、アレルギー反応が出てしまう。
人によってバケツの大きさは違う。いつ、バケツから水が溢れてくるのか、自分でも分からないのだ。
「花粉症対策には、何がいいのかな……?」
「そうだな……。まずはマスクとか花粉症メガネは必須だろうな」
「他にも、花粉を家に持ち込ませないための工夫も必要ね。家に帰ったら顔を洗ったりとか、家の中に入る前に服をはたいて花粉を落とすとか」
「なるほど~」
「後は花粉症の症状を抑えるのに、ヨーグルトを食べるといい、っていう研究結果もあるな」
「そうなんだ!」
ただし、これらは全て対症療法だ。所詮、花粉に対する反応を若干抑えるだけに過ぎない。アレルギーの薬もそうだ。本当に花粉症を治したいのなら、減感作療法だったり、舌下免疫療法だったり、何年も時間がかかる治療を受けなければならないな。
「それじゃあ、今日からヨーグルトをたくさん食べるよ!」
「腹壊すぞ」
それはそれで逆効果な気がする。過ぎたるは猶及ばざるが如し。何事もほどほどに、が重要だ。
「え~、じゃあどうすればいいの?」
「まずは最初に言った花粉用メガネとマスクだな」
「でも買ってこなきゃ無いわよ?」
五十嵐がこっちを見る。おいおい、まさか俺に買ってこさせようとしているのか?
「慧~買ってきて~」
「自分で買いなさい」
「だって外に出たらまた花粉症が……」
ぐっ、確かにそうだ。五十嵐が外に出たらまた花粉症が酷くなるだろう。今ここにいる人で、花粉症を発症していないのは、ただ一人、俺しかいない。普通に考えれば、俺が買ってくるのが筋だ。
それに、そんなウルウルした目で見られたら断りづれーじゃねーか! やめてくれ、心が無駄に痛む。
「……わーかったよ。買ってくるから」
「ありがとう!」
俺はパシリにされるのだった……。