その日の帰り道。俺は五十嵐と並んで、家の最寄り駅から自宅まで向かう。
それにしても、五十嵐と並んで歩くのも、最早全然恥ずかしく無くなってきた……。約三ヶ月半前、五十嵐が俺の家に居候し始めた頃は、とにかく周りにバレないように、そして周りを刺激しないように、五十嵐と一緒に並んで歩くのをひたすら忌避してした。しかし、慣れと共に、その羞恥心は薄れていった。それに、バレンタインデーの時の五十嵐の本命発言で、周りがそういう目で見てくるようになり、それで吹っ切れて開き直ったことで、俺は一緒に並んで歩くことになんの抵抗感も抱かなくなったのだ。慣れって怖いな。
「ハクチュ!」
五十嵐が手で鼻を覆ってくしゃみ。五十嵐のくしゃみなんてこれまでほとんど聞いたことがなかったので、新鮮だ。確か、俺がインフルエンザのA型・B型のダブルパンチを食らった時、五十嵐は自分で『天使は病気にかからない』という謎理論を提唱していなかったっけ。
しかし、今日に入ってから、妙に五十嵐のくしゃみが頻発している。その理論はどこに行ったのだろうか。くしゃみと一緒にどこかに飛ばされてしまったのだろうか。
「けい〜ティッシュ〜」
「はいはい」
五十嵐が鼻を押さえながら言う。ははぁ、鼻水が出て、離そうにも手が離せなくなったのか。
俺はポケットティッシュを取り出して、一枚引き抜き五十嵐に手渡す。彼女は俺から顔を背けると、チーンと鼻をかんだ。
「どうしたんだ? そんなにくしゃみが出るなんて。天使は風邪をひかないんじゃないのか?」
「うん……そのはずなんだけど」
鼻が詰まっているのか、若干鼻声気味でもある。
「それに、さっきから目が痒くて……」
確かに、五十嵐の目は若干赤い。
「あんまりかくなよ……」
そう言いながら、俺は五十嵐に出ているこの症状の原因を考える。と言っても、心当たりは一つしかないのだが。
五十嵐の言っていたことと完全に反しているが、それでも、これしか考えられないのだ。
「あのな……五十嵐。たぶんそれ、花粉症だと思う」
「かふんしょう?」
知らないのか……。本当に、五十嵐の常識はどこが抜けているのかよく分からないな。
「花粉症っていうのは、空気中の杉とか檜の花粉を吸いこんだ時、体がそれが有害なものだとみなして、免疫が反応してしまう病気のことだ。アレルギーは分かるよな?」
「うん」
「それの一種だ」
「へぇ~……ヘクシュ!」
俺は無言でティッシュをもう一枚渡す。
「まあ、五十嵐はまだ発症したばかりだから、軽い方だろうな。しっかり対策すれば大丈夫だと思う」
「そうなの?」
「ああ。花粉症が進行するとものすごいことになるぞ。例えば……」
その時、ちょうど俺たちは自宅に辿り着いた。俺は続きを喋ろうとしながら、玄関のドアを開ける。
その途端、中からものすごい大声が聞こえてきた。いや、厳密には声ではない。
「ぶえぇえっくしょんんんん!」
「……こんな感じに、な」
……リビングから、姉ちゃんが激しいくしゃみをして、思い切り鼻をかむ音が聞こえてきた。