翌日。五十嵐は早速、昨日俺が買ってきた花粉症メガネ、そしてマスクをつけて、俺と学校へ向かう。
いつもの電車に乗り込んだ後、俺は気になって五十嵐に尋ねてみる。
「花粉は大丈夫そうか?」
「うん!」
それならわざわざ買ってきた甲斐があるな。
ずっと鼻水が出たり目がかゆくなったりするのはとても辛いだろう。俺は花粉症ではないが、その苦しみは容易に想像できる。
それにしても、眼鏡をかけた五十嵐は新鮮だ。理科の実験でよく使う安全メガネに似ている花粉用メガネも、最近はおしゃれなものが多く、今回俺が買ってきたのも、一見すると普通の眼鏡に見えるタイプのものだ。
かけていないときも十分可愛いのだが、かけているとまた別種の魅力がある。もしや、これがメガネ萌えというやつなのだろうか……⁉
やがて、俺たちの乗った電車は学校の最寄り駅に到着し、そこで俺たちは電車から降りて、寒い空の下を、他の生徒たちに交じって歩く。
「だけど、ちょっと不便だね」
「何が?」
「マスクで、花粉症メガネがすごく曇るんだよ」
こちらを向いた五十嵐の花粉症メガネは、真っ白に曇っていた。これじゃ前は見えにくいだろう。
「だからね」
「……お、おう」
五十嵐はそう言うと、俺の手を握ってきた。
これまでだったら、俺はその手を握り返すのに少し躊躇していたかもしれない。少なくとも三カ月前くらいまではそうだった。だけど、今は違う。俺は躊躇いなく、しっかりとその手を握り返した。
それにしても、五十嵐の手は温かいな。まだ外は寒いし、それに手袋もつけていないのに、よくこの体温を維持できるな。俺より恒温動物をやっている。天使は人間より体温が高いのだろうか。それとも俺の手が冷たすぎるだけなのだろうか。
そうこうしている間に校舎に辿り着いた。そのまま教室へと入る。
教室に現れた俺と五十嵐――いや厳密には五十嵐のみだ――に真っ先に気付いたのはやはりというべきか、アリスだった。
「おはようひかり! どうしたのそのメガネ? イメチェン?」
「おはようアリス。イメチェンじゃないけど、花粉症対策のメガネだよ」
「へぇ~、よく似合ってるわよ!」
「ありがとう。昨日慧が買ってきてくれたんだ~」
五十嵐のその言葉に、アリスはバッとこっちを向く。てっきり嫌そうな顔でもしてくるかと思ったが、予想外にも、アリスはビックリしているようだった。そして一言。
「……意外ね。アンタにそんなセンスがあるなんて」
「……ありがとう」
「……これで勝ったと思わないでよ!」
「何の勝負をしているんだよ」
アリスは俺から五十嵐を庇うように立ちはだかった。だいたい俺は勝負しているつもりはない。
「それにしても、アリスは花粉症じゃないんだな」
「そんなものにあたしがなるわけないじゃない」
『本当は天使の力を使って花粉をバリアしているだけだけどね』
「……ソウデスカ」
おーい、心の声が漏れてますよーアリスさーん。
なるほど、五十嵐は既に力を失っているから花粉を防げずに花粉症になってしまったと。ということは、アリスも天使の力を失ってしまったら花粉症になってしまうのでは……?
そんなことを考えていると、教室のドアがガラガラと開いて、堀河先生が入って来た。時計を見ると、もう朝のSHRの時間になっていた。話を止めて、挨拶もそこそこに、すぐに自分の席に座る。
「おはようございま~す」
「「「「「「おはようございます」」」」」」
「今日の連絡は特にありませんが、今日の一時間目のLHRは、学年レクリエーションの話し合いですね~。学級委員さん、よろしくお願いします~」