二月二十七日、火曜日。
冬の日が落ちるのは早い。夏ならまだ明るい午後六時であるにもかかわらず、既に空は暗い。街灯が、住宅街の静かな空気を照らしていた。
そんな中を、俺と五十嵐は歩いていく。もちろん、学校が終わって一度家に帰った後だ。
「この辺に来るのは初めてだね」
「そうだな」
俺たちが歩いているのは住宅街。ただ、俺の家がある町からは二駅ほど離れた場所にある住宅街だ。土地勘が無いわけではないが、めったに来ないので周りの景色は新鮮に見える。無論、五十嵐が来たことがあるはずがない。
俺たちはT字路に差しかかる。俺は一度そこで立ち止まると、コートのポケットから細長い紙を取り出した。
「それにしても、この招待状、凝ってるね~」
「まあ、水無瀬だからな。こっちだ」
俺たちは、立派な紙に印刷された地図を参考にして、水無瀬の誕生日パーティーに参加するために、彼女の家に向かう。
考えてみれば、水無瀬の家に行くのは去年の誕生日パーティーに招かれて以来だな……。
「ね、慧」
「ん?」
「テスト勉強どこま」
「その話はやめよう五十嵐。今から楽しいことをしに行くんだからさ」
テストの話をされると頭が痛い……! 実は学年末テストまであと三日。しかも、あんまり勉強が進んでいない。正直言ってヤバい! けど俺は爆死を恐れずパーティーに参加する。現実逃避だ。
「……それもそうだね! パーティーを楽しまなくちゃ!」
「その通りだ」
俺は力強く頷いた。
ほどなくして俺と五十嵐は水無瀬の家に辿り着いた。
奥に見える三階建てくらいの洋風の豪華な館。俺の記憶の中の建物そっくりそのままだ。今日のパーティーのために、クリスマスのイルミネーション並みに電飾で煌びやかにライトアップされている。
「もしかして、ここが水無瀬さんの家⁉」
「そうだ」
「ひぇ~! すごいね~!」
水無瀬の家は金持ちだ。あの中二病からは全く想像できないが、水無瀬はいいところの令嬢なのだ。俺も初めて知った時は、全く信じられなかった。
そして、その水無瀬家の前に構えるのは高い塀、尖った柵、そして巨大な門にその両脇に構える黒服……。
……黒服⁉ しかも、グラサンして見た目がそっち系の人にしか見えなくて超怖ぇ! え、これホントに中に入っていいんだよな……?
「招待状のご提示をお願いします」
「これ?」
「どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
俺が戸惑っていると、五十嵐がさっさと黒服審査をパスしていった。
「慧も早く~!」
「お、おう……」
俺は慌てて五十嵐と同じようにして、館の敷地内に入る。
流石は豪邸。門から館まで平らな石畳の道が続いている。そこには今夜のパーティーの参加者と思しき人々が、ちらほらと見かけられた。皆、俺たちよりも遥か上の世代の大人で、しかもかなり立派な服装をしている。場違い感が半端ねぇ……。
「……俺たち、こんな格好で大丈夫だったのか?」
「だいじょーぶだよ! 水無瀬さんから服装について特に何も言われていないでしょ?」
「まあ、そうだけどさ……」
なんだか恥ずかしい。ドレスコードを弁えるべきだったか……。
周りの目を気にしていると、俺たちは館の玄関に辿り着く。開け放たれた扉から中に入ると、そこには一人の少女が立っていた。
肩にかからないくらいの長さの黒髪で、黒いドレスに身を包んだ少女。ぱっちりした黒い瞳をしていて、かなりの童顔だ。背はかなり低いが、年齢は俺と同じくらいに見える。十分な美少女と言えるだろう。水無瀬にどことなく似ているが、雰囲気が全然違う。親戚の子だろうか?
キョロキョロと見回していた彼女は、俺たちを見つけるとゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。
「雨宮様、五十嵐様、ようこそいらっしゃいました」
「こんばんは!」
サラッと五十嵐が、フレンドリーな返事をする。
おい、何故俺たちの名前を知っているんだ⁉
「あ、どうも……えっと、失礼ですがどなたです、か?」
「またまたご冗談を、雨宮慧様」
「え、慧気づいていないの⁉」
なんだなんだ⁉ え、この人、俺の知っている人? 俺の記憶の中にこんな清楚そうな美少女なんかいたっけ……?
頑張って思い出そうとしていると、この場でやるのは恥ずかしいですけど仕方がないですね、と謎の美少女が呟いた。そして、次の瞬間、彼女は俺のよく知っているポーズをして、俺のよく知っている口調でこう言い出した。
「フフフ……今宵はよくぞ来たな、レーゲンパラストよ!」
「お前、水無瀬か‼」