「慧、頼むもの決まった?」
「あ、ああ……」
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いや、そういうんじゃないんだ……」
こっちは女子と二人きりでこんなオッシャレな雰囲気の店に入っているから緊張しているんだよ! なんて言えない。恥ずかしい。
「それで、慧はこの……ドーナツでいいんだね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、わたしもそれにしよっと。すいませーん!」
そう言うと、五十嵐は手を挙げて店員さんを呼んで、選んだドーナツを伝える。なんだか全部五十嵐任せだけどいいのか俺……? 男としてここはエスコートするべきではないのだろうか……。
なんか俺、ダメな男だな……。たったこれだけのことで緊張して、まともに話もできない。どうにかしようとは思っているけど、なかなか勇気が出ない。自然と俺の視線は五十嵐を外れ、彼女の背後の左のカウンターの上に乗っているコーヒーサイフォンに向かう。
あー、サイフォンがポコポコ言っているなー。それから……おっと、下から上へと湯が吸収されるように吸い込まれていった! そして、上では見事なコーヒー色へ変化している。
これ、確か圧力の差を利用しているんだっけな……。俺の家にコーヒーサイフォンなんてないから詳しいことは分からないが。
「……慧? 慧! おーい、あまみやけいくーん」
「はっ!」
そんな風にサイフォンを眺めていると、突然俺の耳に五十嵐の声。意識がサイフォンから目の前の五十嵐へと移り変わる。
「慧……よそ見はダメだよ?」
「す、すまん……ちょっとサイフォンのこと考えてた」
「サイフォン? ってなに?」
「えーっと、あそこにあるコーヒーを作る道具のことだ」
「へぇ~! あんなものあるんだ!」
それから数分間、うろ覚えの知識で五十嵐とサイフォン談義をしていると、店員さんが注文したドーナツを持ってきてくれた。見た目は至って普通のドーナツだ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
ドーナツを早速口に入れる。うん、普通に美味しい。
「おいしいね、このドーナツ! やっぱりちょっと味が違うね!」
「そ、そうだな……」
正直に言って、この店のドーナツとミス●ードーナツのものとの味の違いがイマイチ分からないことは伏せておこう……。たぶん、違うんだろうけどさ……。
「それにしてもさ、慧」
「どうした?」
「この前の木曜日の朝のSHR前に、アリスとどっかに行っていたじゃん? あの時何を話していたの?」
「……え?」
五十嵐は突然ものすごく話しにくい話題を、俺にふってきた!