週明けの二月十九日、月曜日。俺たちは朝から学校――ではなく、寒い青空の下、広い原っぱに集まっていた。
「いよいよだね、慧!」
「ああ、そうだな……それにしても寒い……」
現在の気温は朝方とだけあって約六度。遮蔽物が何もない広場にいるので、風が吹くとものすごく寒い。日が当たっているだけまだマシなのかもしれないが。
「それにしても、こんなところに巨大な国営公園があるんだね……」
「知らなかったのか?」
「うん。今朝まで知らなかった」
マジかよ……。この公園はかなり有名だと思うのだが。まあ、子供の時にフワフワドーム目当てで行かない限り、この公園に来ることはほとんどないだろう。
そんな公園の原っぱで、朝っぱらから集まった高校生約六百四十人はこれから何をするのかというと……。
「マラソン大会が始まるぜぇ! テンション上がらないか、慧⁉」
「いや、全然上がらん……。それよりも寒い……」
「なんだよー。こういうときこそ、アツくなって寒さを吹き飛ばすんじゃねーのか⁉」
「もっちーは何故そんなに燃えているんだよ……」
年に一度のマラソン大会。距離は全学年共通の八キロ半。体育の持久走の授業の一環として開催されるので、その結果は成績に反映される。ちなみに、三年生は大学受験があるので自由参加だ。
そして、このマラソン大会、普段から走り込みをしている運動部員にとっては非常に相性のいい大会である。自分たちが普段やっていることをそのまま本番で行えばいいだけなのだから。もっちーはそのうちの一人、ものすごくやる気を出して準備運動をしている。
長距離になると、陸上部じゃなくて意外とバスケ部が強いんだよなぁ……。
俺の前で準備運動を行うもっちーを見ていると、スッと横に水無瀬が来る。
「寒中競争……我が宿敵」
「それは同感だわ……」
更にその隣で、アリスがその身を震わせる。
彼女たち……のみならず、俺たちの服装を見ればそれは一目瞭然だ。俺たちは半袖短パン。日が照っているとはいえ、ものすごく寒い。
ならばジャージを着ればいい、という話になるかもしれない。だが、今はスタートの直前。ジャージを脱ぐように指示されている。周りの生徒も皆ジャージを脱いで、半袖短パンの寒そうな姿だ。
「それにしても、慧は自信あるの?」
「うーん……あまりないな」
「そんなことないでしょ? 毎朝走ってたじゃん!」
「最近はやってないけどな……」
五十嵐の分まで弁当を作らなきゃならなくなったから、走る時間が無いのだ。八キロ半走り切れるか、正直自信がない。
すると、遠くの方から、『あー、あー』という拡声器を通した音声が聞こえてきた。
『スタートまで、後一分です。生徒の皆さんは、スタート位置に集合して下さい。繰り返します……』
「ほら、そろそろスタートだよ! 皆行こう!」
「そうだな、行くか」
「よっしゃ、トップ取ったる!」
「我が肢体に負荷をかけるのか……」
「寒いわね……」
それぞれが呟きながら、スタート位置へ向かう。
マラソン大会は、生徒六百人超が一斉にスタートする。そのため、スタートラインはめちゃめちゃ混んでいた。生徒がスタートラインの遥か後ろまで密集している。
「オレは前に行くぜ! じゃーな!」
早速もっちーが人ごみをかき分けて前の方へ消えていった。マラソンガチ勢だ。
「わ、我は後ろで……」
「あたしも後ろでいいや……」
対照的に、アリスと水無瀬は後ろに下がる。走る速さに自信が無いのだろう。基本的に、速い人は前に集まり、遅い人は後ろに集まる。周りと走る速さが違うと、自分にとっても周りにとっても走りにくい環境になってしまうからだ。
「もうすぐだね、慧!」
「そうだな……」
結局、集団のちょうど中間あたりに俺と五十嵐は取り残された。俺は走っている最中に靴紐が解けないように、しゃがみこんで今一度結び直す。
その時だった。
どこからか、小さくパァンという破裂音が聞こえた。数秒遅れて、周りの生徒がうねった波のように前へと進み始めたのだ。
え? もしかして今のスタートの号砲⁉
「ほら、慧! 走るよ!」
「お、おう!」
俺は慌てて立ち上がると、急いで生徒の流れに乗ってスタートラインを超える。
こうして、高校生活初のマラソン大会は、なんだか釈然としない形で開幕したのだった。