「ここまで来たら安全ね」
西校舎四階、パソコン室前。アリスは人気(ひとけ)のないこの場所まで来ると、そんなことを呟きながら、突如として歩みを止めた。
「なあ、話っていったいなんだ?」
こんなところまでわざわざ連れて来た、ということは、俺にしか聞かせたくない話があるということなんだろう。
あ、でもワンチャン、この前みたいに、俺に暴行まがいの脅しをするためだったり……。
「そんなわけないわよ! だいたい、あたしはそんなに暴力的なんかじゃないからねっ!」
いやいや……充分violentだと思うぞ……。
「まあ、そんなことより早く本題に入ろう。もう時間が無い」
「そうね……ってアンタが変な妄想をするから悪いんでしょうが」
アリスのツッコミをスルーしつつ腕時計を確認すると、既に八時十二分。SHRが始まるまではあと三分しかない。これは相当話を短くしないとチャイムが鳴る前に教室に戻れないぞ。
アリスはちょっと顔を顰めつつも、やっと話に入る。
「……じゃあ、本題に入るわよ」
「おう」
アリスはそこで一息つくと、廊下の壁を背にして寄りかかる。
「……アンタは、あたしがこの世界に降りて来た理由って、知ってる?」
「……いや、知らないな」
そういえば、これまでアリスが何故この下界に降りてきたのか、未だに分からないままだ。アリス本人からはもちろん聞いていないし、五十嵐――セラフィリからも聞いていない。
その理由とはいったいなんだろう? 今ここでパッと思いつくのは――
「五十嵐が大好きすぎて追って来たとか?」
「なっ……! なんで分かっ……! ち、違うわ! そんなわけ……! ま、まあそれは、三割くらいある……かも……」
この十六年という決して短くはない人生の中で、一回の発言で二度も主張を覆した奴は初めて見た。結局最後の主張が正しいということで良いんですかね、顔を赤らめているアリスさん? というかそれが理由の三割を占めているというね……。
「で、結局のところ五十嵐に会いに来たんじゃねぇのか?」
「……半分正解ね。会いに来た、っていうのは合っているけど、その相手はセラフィリじゃないのよ」
「じゃあ誰に?」
俺がそう問いかけると、アリスは無言で真っすぐ指をさした。
その人差し指の延長上にいる人物は……。
「……俺?」
「そう。アンタよ、雨宮慧」