「よかったじゃない~公認の仲になって~」
「うるせぇ……」
「…………」
その日の夕食の後、俺は貰ったチョコレートを消費しながら、姉ちゃんにからかわれていた。
俺はまだ受け答えができているが、五十嵐は沈黙を貫いている。もちろん、恥ずかしさからくるそれだ。ずっと赤面したまま何も話そうとしない。しかも、これが昼休みの中頃から続いているのだ。
んまあ、自業自得っちゃ自業自得なのだが……。恥ずかしさも行きつくところまで行くとこうなるんだな。
それにしても、五十嵐は本当に天然すぎると思う。何故大勢の前で『本命チョコ』発言するんだよ。どういう脳の構造をしているんだお前は。墓穴掘っているし自爆しているし……『墓穴師』か『自爆師』とでも呼んでやろうか。
「あ、そうそう、お母さんから預かっている物があるんだけど」
急に思い出したのか、姉ちゃんがポンと手を打って、机の下から何かを取り出す。
スッと机の上に差し出されたそれを、俺は手に取って声に出して読み上げた。
「えーっと……『映画無料券』」
「そう、映画無料券」
なんとも安直なネーミングの券だな。まあ、分かりやすくていいのだが。
「誰から貰ったんだ? もしかして水無瀬か?」
「違う違う。ほら、ウチって『寄海新聞』取ってるでしょ? それのゴールド会員特典か何かで届いたんだって」
「あー、なるほど」
確かに券の右下に小さく『YORIUMI SHIMBUN』とある。新聞社って読者にこんな券を配る余裕があるほど金持ちなんだな。
「それで、お母さん直々に、『これは慧とひかりちゃんのために使わせなさい』って。ズルいなー」
「いや姉ちゃんは映画なんて観ないじゃん」
というか今まで一度も映画館に足を踏み入れたことが無いんじゃないか?
「ま、こんな券を私に渡されても結局見ないから無駄なんだけどね」
「観ないんかい!」
ならば、こちらでありがたく使わせていただこう。
「だから、慧とひかりちゃんはこれを使ってデートしてね♡」
「いや語尾に♡つけてんじゃねえよ……というか俺たちはそんな頻繁に、その、デート、なんてするつもりはないぞ?」
前回デートに行ったのは去年の十二月。いや、一緒に出掛けた地元デートを含めれば二週間ちょっと前か。
「え~、でも高校生カップルのベストなデート頻度って、『週一~月に二、三回』なんだって」
ほら、と姉ちゃんがスマホの画面をこっちに見せてくる。そこには確かに『高校生のちょうどいいデート頻度は週一~月二、三回』と書かれていた。いつの間に調べたんだ……。
そして、最後の一押しとばかりに、姉ちゃんは五十嵐の方を向いた。
「それにひかりちゃん、慧とデートに行きたいよね?」
「はい!」
「だからお前は自爆するんだよ!」
元気いっぱいだな! しかも天然! 五十嵐はもうちょっと思ったことを言葉に表すのを控えた方がいいと思う。
「ね、ひかりちゃんもこう言っているし、来週の水曜日は入試休みがあるでしょ? この券の期限もそれまでには持つし、行ってみても損はないんじゃないかしら?」
「うっ……」
横からだけではなく、前からもものすごい期待の目線が降り注がれている。
「わたし、一度慧と一緒に映画館に行ってみたいな~」
五十嵐の場合、『一度』という言葉は『慧と一緒に映画館に行く』ではなく、『映画館に行く』のみにかかっているように思えるのだが。
五十嵐の援護射撃も得て、最後の一押しとばかりに姉ちゃんが俺に問いかける。
「ほら、ひかりちゃんもこう言っていることだし、考えてあげたらどう?」
……もしここで俺が強硬に反対したらどうなるか。
当たり前だが、五十嵐&姉ちゃんとの仲がごたごたするだろう。しかも、この後の土日に用事はしばらく入っていない。
事実上、この話を持ち掛けられた時点で、『断る』という選択肢は無くなったのだ。
「……分かった。来週の水曜日に映画に行くか」
「やったー!」
こうして、俺たちの三回目のデート……映画館デートが計画されたのだった。