湯崎から予想外の義理チョコを貰ったその夜。夕食を食べ終わった直後だった。
「あ、そうそう。慧、それにひかりちゃん。渡したいものがあるんだけど」
「……あー、うん。分かった」
「分かりました!」
姉ちゃんが何をしようとしているのか、俺にはすぐに分かった。
今年も覚悟していたが、まさか一日早いとは思っていなかった。ちょっとまだ心の準備ができていない。俺は食器を台所に運ぶ途中、一旦立ち止まって深呼吸をする。……よし、覚悟はできた。
そして、そのまま食器をシンクの中に置くと、俺はいつもとは違い、姉ちゃんの正面の席に座った。五十嵐は普段の席である俺の隣に座る。
「それで、渡したいものってなんですか?」
「ちょっと早いけど……じゃ~ん!」
姉ちゃんが得意顔で、テーブルの下に隠していたものを俺たちの目の前に置く。
「これは……チョコレートですか⁉」
「その通りよ!」
そりゃあ、箱の上面にはでっかくチョコレートと書いてあるんだし、当然だろう。
でもなぁ……。チョコレートはチョコレートなんだが、姉ちゃんが出してくるものだから、絶対にロクなものじゃないんだよなぁ……。
「というわけで、これは二人へのバレンタインチョコ。開けてもいいわよ」
「わぁー! わたしも頂いていいんですか?」
「もちろんよ。ひかりちゃんにはいつも慧がお世話になっているもんね」
どちらかというと、主に俺が五十嵐のお世話をしているような気がするのだが、俺の勘違いだろうか。
そうツッコみたい気持ちを押さえていると、早速五十嵐がベリベリとテープを剥がして箱を開ける。
「うわぁ……!」
「おぉ……!」
箱の中は仕切りで三十個程の小部屋に仕切られており、様々な形の小さいチョコレートが、それぞれの小部屋の中に入っていた。どうせまともな手作りチョコレートじゃないだろう、と思っていたが、そもそも手作りではなかったのだ。これは認識を改めなければならないかもしれない。
「これ、結構高かったんじゃねえの?」
「そうなのよ~。だいたい千五百円くらいしたかしら」
そして意外と高い。こう言っちゃなんだが、今回は期待してもいいかもしれない。
――だが、そんな期待をした俺が馬鹿だった。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
俺たちは早速賞味しようと、それぞれミニチョコレートを一つずつ手に取る。そして、それを口の中に入れた。
次の瞬間、口と鼻の中がものすごい感覚に襲われた。
『辛い』でもない。『甘い』でもない。そう、一言で言うならば――
「姉ちゃん……これ、カカオ何パーセント?」
「え? 九十九パーセントだけど」
「やっぱり!」
めちゃくちゃ苦かった。
そして、俺たちは口を押えながら水を求めて洗面所へ駆け込んだ!