翌日土曜日。俺たちはお馴染みの近所の総合スーパーに買い物に来ていた。
もちろん、目的は一つ。俺は前を軽やかな足取りで歩く五十嵐に声をかける。
「チョコレートを買う金は持ってるか?」
「もちろん!」
そう、バレンタインデーにあげるチョコレートを買うためだった。もちろん、五十嵐があげる用のやつだが。
スーパーの中でも、食品が置いてあるコーナーに入ると、辺りはバレンタインデー関連の食品がズラリ。どうやら企業としてもバレンタインデーは前面に推し出したいらしい。
この時期にチョコレートは飛ぶように売れる。ニュース番組によると、バレンタインデーによる経済効果……いわゆる『バレンタイン効果』はなんと一千億円を超えるそうだ。五十嵐が以前持っていたあの一億円が千個分……。ものすごい金額だ。もちろん、その全てがチョコレートに費やされるわけではないだろうが、それでもものすごい額であることに変わりはない。
ところで、何故俺が五十嵐に同伴しているんだ……? 確かに、『どのチョコレートがいいのか分からないし、慧ならそういうの詳しいでしょ?』と五十嵐に言われてついてきたのだが、これでは事前に何をくれるか分かってしまう。まるでアニメを観る前に原作を読んで衝撃的な展開を知ってしまったかのような気分だ。
そもそも、それ以前の話になるが。
「五十嵐、お前、結局手作りにするのか? それとも市販のチョコレートにするのか?」
「んー……とりあえず自分で作るよ!」
適当だな! 本当に大丈夫なのだろうか……。
そんな不安を抱きつつも、俺たちはチョコレートを扱っているコーナーに到着。板チョコみたいなチープなものから一粒ウン百円もする高級チョコレートまで、ピンからキリまでズラッと陳列されている。一面チョコレートだらけだ。
「うわぁ……!」
それを見て、五十嵐は声をあげて陳列棚にはりつく。ホント、五十嵐ってお菓子が大好きだよな。
ちょっと呆れながら、俺も五十嵐の横でチョコレートを見ていると。
「ねえ慧、このチョコレート、たった五個しか入っていないのに八百円もするの⁉」
「どれどれ……って、これは高級ブランドだから当然だろ」
「そうなんだ……絶対こんなの買えないよ……」
俺みたいな庶民には、G●DIVAみたいな高級チョコレートを口に入れる機会なんて一生ないだろう。というか、こういうチョコレートって本当に売れるのだろうか?
「ねえねえ慧」
「今度は何だ?」
「このチョコレート、何だろう?」
そう言って、五十嵐が俺に見せてきたのは、何の変哲もないチョコレートの箱。ただし、ある一点を除いては。
「じゅ、『十八禁チョコレート』……?」
「わたし、気になる!」
その表面には堂々と『十八禁』の文字。いったいどんなチョコレートなんだ?
十八禁と言ったら、普通エロ・グロのどちらかしか思いつかないが……。透明な包装の中にあるチョコレートは本当に普通のチョコレートにしか見えず、そんな要素はどこにもなさそうだ。でも、ヤバそうなにおいがプンプンする。食ったらいろんな意味でオワりそうだ。
「ねえ慧、コレ買おうよ!」
「却下だ」
「えー! いいじゃん美味しそうなのにー!」
「いや、ここに十八禁って書いてあるだろ……」
パッケージに『成人向け』と書かれているのを指さすと、五十嵐は不満げに『十八禁チョコレート』を棚に戻した。
い、いまどきのチョコレートは多様化しているなぁ……。
それから十分程度、チョコレートコーナーを二人でしっかり吟味する。
「結局、何を買うか決まったのか?」
「うーん……たぶん既にできているのを買うとなると、予算がちょっと厳しい……かな」
「ということは手作りか?」
「そうなるね。さすがに、皆に板チョコを配るわけにはいかないよ」
「……別に無理して手作りにしなくても、ちっちゃい個包装のチョコレートがたくさん入っているやつを買えばいいんじゃないか?」
そう提案すると、五十嵐は苦笑する。
「でも、それじゃあ手抜き感が半端ないじゃん。それだったら手作りがいいよ」
「そうか」
というわけで、五十嵐はチョコレートを手作りすることになった。
「……それにしても、十八禁チョコレート、食べてみたかったな~」
「あと二年間、待ちましょう」