その日の帰り道。俺はふと、昼休みのもっちーとの一件を思い出して、隣を歩く五十嵐に尋ねる。
「なあ五十嵐」
「ん? どうしたの?」
「お前、バレンタインデーって知ってるか?」
「もちろん! 知ってるよ!」
そう言うと、五十嵐はエッヘンと胸を張る。いや、そこ別に誇るべきところじゃないんだが。
それにしても、五十嵐の一般常識にはかなりばらつきがあるな……。古来日本から伝わる節分みたいな行事は知らないくせに、西洋では一般的なクリスマスやバレンタインデーは知っている。やはり、天使であったことと密接に関係しているのだろうか?
そんなことを考えている間にも、五十嵐はそのまま誰も頼んでいないのにバレンタインデーの解説を始める。
「バレンタインデーの歴史は、古代ローマ帝国の時代にさかのぼるとされているんだよ。当時、ローマでは、二月十四日は女神・ユーノーの祝日で、彼女はすべての神々の女王であり、家庭と結婚の神でもあったんだ。翌日の二月十五日は、豊作を祈願する(以下略)」
お、おう……バレンタインデーについてよく知っているな……。まるでWikiped●aから引用してきたかの詳しさだな。その内容があっているかどうかは、俺には判断できないが。
五十嵐は、俺の横を歩きながら十分以上専門的な解説をすると、一息ついた。
「でも、最近、『バレンタインデー』っていう単語と一緒に『チョコレート』ってよく言われているけど、やっぱり何か関係がるのかな、慧?」
「そうだな」
まあ、ここが五十嵐の知っている正統なバレンタインデーとの違いだな。
「日本では、バレンタインデーに、女性が意中の男性にチョコレートを贈る、っていう習慣が根付いているんだ」
「だから最近、皆チョコレートの話をしていたんだ!」
五十嵐は納得がいったようだ。
「まだそれだけじゃないぞ。『一応チョコレートをあげる』みたいな義理チョコっていうやつもあるし、女子どうしで交換する『友チョコ』というのもあるらしい」
女子特有の面倒くさい友人関係のせいか、俺の中学校時代の同級生の女子が『友チョコは廃止するべきだ』と英語でスピーチをして賞を勝ち取ったこともある。
だが、五十嵐はそれとは対照的に、バレンタインデーにチョコレートを作る気満々な様子だ。
「じゃあ、チョコレートをたくさん作らないといけないね!」
「そうだな」
五十嵐は、『まずアリスでしょ~、それに……』とクラスメイトの女子の名前を次々と挙げていく。いったい何人にあげるつもりなんだ……?
「そんなに作れるのか……?」
「大丈夫だよ! あ、あと慧にもあげるからね! もちろん特別でっかいやつ!」
特別、という言葉に俺の胸が思わず跳ねる。
そして、うろたえた俺は形にならない思考を、そのまま口から流していった。
「お、おう……べ、別に女子からチョコレートが欲しいとかそういうのじゃないからな。五十嵐がくれるって言うなら、ありがたく貰うが……」
ヤバい、なんかアリスみたいなツンデレ口調になってしまった……。
だが、当の言われた本人はまったく気にしていないようだった。
何故なら、飛び切りの笑顔で。
「もちろん! わたしがあげたいからあげるんだよ!」
バレンタインデーの前なのに、チョコレートを貰ったかのような、ドキドキ感に俺は襲われたのだった。