ある日の昼休み、いつものように教室で弁当を食っていると、突然もっちーが問題を出してきた。
「なあ慧、来週の水曜日に何があるでしょうか?」
この前もこんな感じのことを聞かれたような気がするな。デジャブ感がパネェ。
まあ、デジャブ感があろうがなかろうが、俺は自信を持って答えるのみだ。
「二月の十四日はに・ぼ・しの語呂合わせで『煮干しの日』だろ?」
「そ、そうなのか……?」
あ、あれー? 確かWikipe●iaにはそう載っていたはずだが、違ったか?
「……まあ、そうなのかもしれないけど、もっと有名なものがあるでしょ?」
「有名……? ああ、第一回箱根えk」
「ちがーう! なぜそっち方向に行く⁉」
あれぇ……? これ以上に有名なものはないと思うのだが。
「ほら、男子がチョコレートを貰えるあのイベントだ!」
「あの? どのイベントだ?」
「バレンタインだよバレンタイン‼」
業を煮やしたのか、もっちーは若干キレ気味に言う。
あぁ、そういえばそんな日もあったなぁー……。毎年訪れる『悪魔の日』か……。
「毎年女子からチョコレートがいくつ貰えるか! 男子の競争が熾烈を極める、そんな日だろう⁉」
「まあ、確かにな」
「そんな日を忘れるなんて、いったいどんな神経をしているんだ慧⁉」
「……たぶん、姉ちゃんが毎年くれるチョコレートのトラウマのせいだと思う」
俺がそう言うと、もっちーは『あっ(察し)』みたいな顔をしてくる。うんうん、察してくれて俺はとても嬉しいよ。何せ姉ちゃんが作るチョコレートはいつも特殊だからな……。
俺がそんな苦い思い出をか噛みしめていると、もっちーは咳払いをして、話題の転換を図る。
「そんで、慧は去年いくつくらい貰ってる?」
「家族を除けばゼロだ。もっちーは幾つだ?」
「オレは、去年は家族を除けば二個だったと思うぞ」
「やっぱ、運動できるイケメンは違うな~」
「そりゃどうも~」
もっちーの場合、中学の時は運動部に所属していたから、同じ部活の女子とかマネージャーから貰えたのだろう。俺は部活に所属したことがないからその辺のことはあまりよく分からないが、部活に所属していた方がチョコレートは貰いやすい、みたいだ。
女子は何らかの関係性が無いと男子にはチョコレートを渡さない。俺の場合、その機会がグッと限られるから、必然的にその個数は減少する。
「あ、でも、今年は最低一個は貰えるんじゃない?」
「え? どういうことだ?」
「ほら、五十嵐さんだよ。お前の許嫁だろ?」
まあ、確かに許嫁からは貰えるだろうな。そいつが『一般的な常識がある』許嫁だったならな……。
「でも、アイツはバレンタインを知らなさそうだしな……」
「は? 知らないってどういうこと?」
あっ。マズいぞ。つい漏らしてしまったが、五十嵐が天使であることは秘密なんだった。ここからバレたらヤバいことになるかもしれない。
「あー、いや、アイツん家、バリバリの和風だったらしくてさ……クリスマスとかバレンタインとか、そういうのはあんまり知らないみたいなんだ」
「へー、そうだったのか」
もっちーは納得してくれたようだった。あぶねえあぶねえ……。もっと気をつけないと。俺は改めて気を引き締める。
「んまあ、とにかく慧は安泰だな」
「んー、どうだろうな」
五十嵐はバレンタインを知らないだろう、という思いがある一方で、もしかしたらチョコレートを貰えるかもしれない、という期待をしてしまっている自分がいる。
俺は少し複雑な気持ちを抱えながら、弁当箱の蓋を閉めた。