ゲホンゲホン、とわざとらしく五十嵐にアリスと呼ばれた店員は咳き込む。
そして、五十嵐の発言を無視して、何事も無かったかのように業務を続けた。
「お会計は六百四十八円となります……カバーはお付けしますか?」
「はい……ねぇ、アリスだよね?」
「ど、どちら様でしょうか~……」
思わず五十嵐の後ろからレジを覗き込む。
五十嵐の応対をしているのは、金髪で青い眼鏡をかけた見慣れた女性――アリスだった。書店員のエプロンをして、いつもは下ろしている金髪をポニーテールにしているが、確かにアリスだ、間違いない。
動揺して視界が泳いでいたのだろう、五十嵐の後ろから顔を出した俺とバッチリ目が合う。
そして、次の瞬間。
『ねぇ! 適当な理由をでっちあげて、ひかりにあたしのことを追及するのをやめるように言って! お願いだから!』
うおっ! 突然頭の中にアリスの声が……! 天使の力を使ったテレパシーか。というか五十嵐に直接言えばいいものを……。何故わざわざ俺を介する?
『力を持たない天使であるひかりには、これが通じないのよ! 早くしなさい!』
お、おう……。分かったから、大音量で俺の脳内に語り掛けるのは止めてくれぇ……。
俺は、五十嵐の肩をちょんちょんとつついて、こちらに振り向かせる。
「どうしたの慧?」
「今そこにいるのは確かにアリスなんだが、流石に業務に支障が出るからそこまでにしとけ」
「あ、うん……。ごめんなさい」
五十嵐はアリスへそう謝ると、アリスは五十嵐にレジ袋を手渡しながら。
「ありがとうございました~、次のご来店もお待ちしております」
『はぁ……よかった……その、助けてくれてありが、とう』
こっちこそ脳内と現実で全く別のことを言えるアリスは流石だと思う。ツンデレも健全なようだ。
五十嵐が脇にどいたので、次に並んでいた俺は前に進む。
「いらっしゃいませ~……ってあんた、オタクだったのね。キモ」
「おい、いきなり素を挟んでくるな!」
俺が出したラノベを見て、アリスは先程までの店員らしさはどこへやら、全く表情を変えずに素の口調を混ぜた。
「お会計は六百六十円になります~、カバーは要らないわね」
「必要だ! というか俺をオタクと言うなら五十嵐もオタクということにならないか?」
「はぁ? あんたみたいなキモオタとひかりを一緒にしないでくれる?」
「ぐふぅ」
なんなんだ、この扱いの差……。『キモオタ』なんて言われたの、生涯で初めてなんだが……。
俺の心が粉々になっている間に、彼女は素早く紙のブックカバーをつけると、俺につき返してきた。
「ありがとうございました~……次のご来店も心より嫌悪します~」
もう店員として失格なんじゃ……。もし他の客に聞かれていたら間違いなくアウトだぞコレ。
はぁ……。俺、キモオタだったのか……ショック。
「……もし来たいなら別に来てもいいわよ」
「最後に申し訳程度のデレ入れるのやめろ」