「そういえば、お前が勉強しているなんて珍しいな」
「え?」
その日の夕方、洗い物をしている最中に、五十嵐がリビングで勉強しているのが目について、俺は思わずそんな言葉が口から漏れた。
え? ってなぁ……。
「いや、五十嵐が家で勉強しているところ、あんまり見たことが無いなーって」
よく考えてみたら、俺が先生役の家庭教師スタイルで勉強したことはあるものの、そもそも一度も五十嵐が家の中で自発的に勉強している姿を見たことが無い。もしかしたら、実は五十嵐は部屋で勉強していて、俺が五十嵐の部屋に一度も足を踏み入れていないから、見ていないだけなのかもしれないが。
「まあ、そりゃそうかもね。だって、わたしほとんど勉強していないもん」
……え? なんかコイツ一秒前に俺が思ったことをサラッと否定したよな? 家で勉強していない? ハッハッハーそんなバナナ。
「勉強していない? いやいや、それはねーだろ」
「ホントだもん! 勉強してないもん! ウソじゃないもん!」
いや、ソコ誇るべきところじゃねーから。勉強しないとヤバいから。
というか、五十嵐の部屋に勉強机くらいあるだろ。そこでやってんじゃないのか?
「部屋の勉強机でやってないのか?」
「うん。っていうか、そもそも勉強机なんてないよ?」
「……え?」
「……え?」
え、なんだって? 勉強机が無い?
いやいや、ナイナイナイナイ! 勉強机が無いことはないだろう!
……。
…………。
「ホントに無いの?」
「うん」
「ホントのホントに?」
「うん」
「嘘じゃなくて?」
「もーしつこいよ、慧! ないったらないんだってばー!」
マジか。まさかの『五十嵐、勉強机持ってないんだってよ』状態。知らなかった。というかそれめっちゃ不便だよな? 今までどうやって勉強していたんだよ。
「今まで勉強していたんだよな?」
「だーかーらー、さっきも言ったけど勉強していないんだってば!」
「お、おう。そうだったな」
そうだった、コイツ普段は勉強していないんだった。それにしても勉強しないでよくやっていけているよな……。まあ、頭のいい五十嵐ならできそうな気もするが。宿題とかどうしているんだろか?
「宿題はどうしているんだ?」
「だいたい学校の休み時間で終わらせているよ」
「すげぇ」
頭と時間の使い方が鬼効率いいのだろう。俺もそんな風になりたいなぁ!
「やっぱり、勉強机とか欲しくないか?」
「んー……できれば欲しいかな……」
俺も、五十嵐にはできるだけ勉強机を持ってほしい所存である。何故なら、五十嵐がリビングで勉強していると、録画した深夜アニメを俺が見れないからだ!
「だったら買ったらどうだ? ほら、確か一億円貰っていたよな?」
「前にアリスに全部あげちゃったけど」
「あ、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、そんなこともあったな。
俺も五十嵐も、一応お小遣いとして月二千円貰っているが、それを除けば五十嵐が仕えるお金は今のところはほぼゼロ円ということになる。
もちろん、机を買うには多額のお金が必要だ。母さんに話したらお金を出してくれると思うが、万単位のお金が必要になるので、心理的ハードルは高い。
「んー……バイトしようかなぁ」
もちろん、五十嵐にとってバイトは初めての経験のはずだ。いくら帰宅部で時間があるとはいえ、バイトを入れるとスケジュールがハードになる可能性が高い。
「よし、俺もバイトするか」
「え⁉ なんで⁉ わたしの問題だから、慧までやらなくてもいいのに……」
「いや、一回こういうことやってみたかったんだ。社会経験ってやつだな」
「……家事とかに影響しない?」
「大丈夫、何とかなると思うぞ」
もしバイトで時間が無くなったら、最悪コンビニ弁当とかカップラーメンで乗り切れるし、家族に対しては作り置きという手段もある。というか俺はそこまでブラックなバイトを選ぶつもりはない。
バイトをするなら、何よりも俺たちには情報が必要だ。
今は何の職の募集がされているのか、時給はいくらなのか、そもそもこの学校ではアルバイトが許可されているのか……。恥ずかしいことに、こういうことに無縁だったせいで、俺はまだ何も知らない。
よし、明日学校で情報収集をしてみるか!