チャイムが鳴り、昼の休憩の時間に入る。
「はひぃー……」
「疲れたわ……」
他の人が続々と学食に行ったり、弁当を広げたりしてそれぞれの昼休みタイムを満喫している中、水無瀬とアリスの二人だけは疲れた顔をして机に突っ伏していた。
「まだ引きずっているのか? もう三時間近くも経っているんだぞ?」
「ま、まだ三時間しか経っていない……」
「昼ご飯を食べる気もしないわ……」
二人ともどんだけ体力ないんだよ……。持久走の後の二時間目からもずーっとこんな感じだったが。
このままの調子じゃ、とんでもないことになりそうだ。何せ……。
「確か、二月の下旬あたりに『マラソン大会』があるんだよな?」
「正確には二月の十九日の月曜日だけど」
「げげっ……」
「なんなのよそれぇ……理不尽すぎるわよ……」
もっちーと俺の発言に抗議する女子二人。
決めたのは俺たちじゃないので、こういうのは企画している体育課に言ってくれ。
というか、俺もこの『マラソン大会』は歓迎していないんだが……。
「『マラソン大会』のために今こうやって持久走を練習しているんじゃないか」
「そうだよ! 練習さえすれば大丈夫だよ! 二人とも!」
もっちーと五十嵐が口々にそう言う。
だがなぁ……それはマラソンが得意だから言えるんだよ……。
ふと気になったことがあったようで、五十嵐がもっちーに質問する。
「そういえば望月君、マラソン大会で走る距離って何キロだっけ?」
「えーっとね……確か八キロ半だったと思うよ」
「「「八キロ半⁉」」」
八キロ半って……俺の家から学校までの直線距離がだいたい四キロくらいだから、家の学校の間を一往復できるじゃないか! その距離を走らされるなんて……考えるだけで嫌になる。
もちろん、持久走が苦手なお二方は、今すぐ鬱になってしまいそうなほど嫌そうな顔をしていた。
「我が力をもってしてもそれは不可能……」
「ムリムリムリ……八キロ半だなんて想像しただけでいっぱいいっぱい」
二人とも、揃ってものすごくネガティブなことを口々に言う。二人の周囲だけ異様に空気が重くなっている気がする。
一方、五十嵐は……。
「よーし、一位狙っちゃうぞー!」
熱意を燃やして、二人とは対照的にホットハートになっていた。
五十嵐は一位を狙える実力を十分に備えている。最低でも上位に食い込むことは確実だろう。
それにしても、今日の一時間目からずっと思うのだが。
「水無瀬とアリスは意外と共通点あるんだな」
「……この金髪牛女と我のどこが同質なのだ?」
「はぁ? こんな中二とあたしのどこが似ているのよ?」
「! こんな中二とは何だ! こんな中二とは! 我は高校一年生!」
「そっちこそ! 牛女って何よ! あたしのどこに牛要素があるのよ⁉」
「……何を言っている! 立派なものがあるじゃないか……牛女め」
ビシッとアリスを指さして水無瀬がキッパリ言い切ると、アリスはへっ、と口元をちょっと歪ませると、馬鹿にした口調で。
「……まな板の分際で」
あっ。
その瞬間、水無瀬の方からブチッ、と何かが切れたような音が聞こえた……ような気がした。
彼女は今度は何も言い返さずにゆっくりと立ち上がる。気のせいか、背後からどす黒いオーラが見える。
その気配に押されたのか、アリスが椅子をちょっと後ろに引いて下がる。
「…………」
「な、なによ……」
ものすごいオーラを撒き散らしながらジリジリとアリスに歩み寄っていく水無瀬。椅子から腰を浮かせたアリスをどんどん教室の隅の方に追い詰めていく。
「……」
「ね、ねぇ……さっきの言葉、気にしているの……?」
「…………」
「い、言っとくけど、あたしは謝らないからねっ!」
最後に強がったその瞬間、アリスの背中は教室の隅っこにぶつかった。逃げ道は、もうない。
「………………」
「ひ、ひえっ」
アリスがズルズルと腰を落としながら、情けない声をあげて水無瀬を見上げる形になる。
こちら側からは水無瀬の後姿しか見えないが、きっとものすごい形相になっているに違いない。
そして水無瀬は……、
「誰が……まな板だぁ~!」
そう叫びながら、勢いよくアリスに掴みかかった!