五十嵐が家を飛び出してから約三十分後、俺は朝食の片づけを終えると、五十嵐の様子を見に、外に出る。
さっき天気予報を見たところ、この辺の地域の予想積雪量は二十五センチとのことだった。これを片付けるのはまあまあ大変である。
さーて、どのくらい雪が片付いているかな~?
そう思って玄関のドアを開けると、目の前は……。
「うおっ! スゲーな……」
……俺の目の前には、白一つ残っていなかった。見えるのは普段から見慣れている赤茶色の敷き詰められたタイルと、その向こうのアスファルトの道路。両隣の家の前はまだ真っ白な雪で覆われているので、ここだけものすごく浮いている。
よく三十分でこの量の雪を片付けたな……。流石天使、恐るべし。
「あ、慧だ! 雪かきはとっくに終わってるよー!」
俺に気付いたのか、雪かき用のシャベルを片手に、五十嵐がこちらへ駆け寄って来る。
「お前、スゲーな。よくこんな短時間でここまで綺麗にしたな」
「えへへ……ありがと」
五十嵐は顔をはにかませる。
というか、五十嵐に雪かきを押し付けてしまったようでなんだか申し訳ないな……。目の前の彼女の息も若干上がっているし、大変な仕事だったのだろう。
それにしても、本当にスゲーな……。まるで雪が降っているとは思えない……。
そう思いながら見回しているところで、俺は急に違和感に襲われた。具体的にそれが何かは分からないが、何かが決定的におかしい気がする。
さらに数秒間、違和感を辿るように見回す。ここでようやく、俺はその正体に行きついた。
「なあ、五十嵐」
「どうしたの?」
「お前、除雪した雪ってどこにやったんだ?」
すると、五十嵐は俺のこの問いを待っていました、とばかりに顔を嬉しそうに綻ばせた。そして、声を弾ませながら笑顔で、ある方向を指さした。
「あそこに全部集めたよ」
そう五十嵐が示した先には……、
「……は⁉」
トト■がいた。
俺は目を擦った後、もう一度見る。
トト■がいた。
あのニヤッとした口、特徴的な丸い巨体。間違いない、トト■だ。
俺は雪で作られたトト■の前まで移動する。俺の家の前に積もっていた雪を全てかき集めて作られただけある。めちゃデカい。ほぼ原寸大じゃないのか?
しかも、意外とクオリティが高い。髭の本数とか腹の模様とか、意外と細部までこだわっている。コレ札幌の雪まつりに出しても遜色ないレベルじゃね? よくこんな短時間でこんなもの作れたな……。ホント、恐るべし天使だわ。なんでトト■なのかは疑問だが。
本当なら、これはすぐに記念物として雪が解けないようにコーティングして観光地化して、観覧料を取ってガッポリ儲けるところだ。だが、この雪像には問題がある!
その問題というのは。
「お前さ、なんでコレ隣の家の目の前の道路に作ったの?」
「え? だってわたしたちの家の前だと邪魔でしょ?」
「をい」
……コイツ頭どうかしてんじゃねぇの? 自分ちの前に置きたくないから隣の家の前の道路に置いてみた? どんな理屈だ! 五十嵐がこねる理屈って時々訳が分からないものがあるよな。
まあ、とにかく、だ。
「お隣さんの迷惑になるから今すぐ壊せ」
「えー……」
五十嵐ってこういうところがちょっと残念だよなぁ……。トト■像を写真に収めてから取り壊す五十嵐を見て、俺はそう思わずにはいられなかった。