出勤した母さんを台所から見送った後、十数分が経つ。予定より早く朝ご飯を作り終えた俺は、食卓にそれを並べていく。
つけっぱなしのテレビが午前七時を告げると同時に、二階からトントンと階段を踏む足音。
そして数秒後、寒さ対策のために閉めていたリビングのドアが勢いよく開け放たれた。
「雪だー!」
そして、ドアが開くなり、五十嵐がまるで普段の姉ちゃんのようなテンションで叫んだ。
「雪! 雪だよ慧! 一面真っ白だよ!」
「ああ、そうだな」
「こんなに真っ白になったのは初めて見たよ!」
「ああ、そうだな」
「淡白だねー! テンション上がらないの?」
「あがんねーよ」
俺がそう言うと、不思議そうに五十嵐は目をぱちくりさせる。おい、その風流を理解できなくて可哀そうだね、みたいな目を止めろ! なんか悲しくなるじゃないか……。
俺と五十嵐は席について、いただきます、と朝ご飯を食べ始める。
そして、俺は五十嵐に、テンションが上がらない理由を説明した。
「あのなあ……お前さ、雪が降ったら遊べると思っているだろ?」
「もちろん! そうじゃないの?」
「まあ、確かにそうかもしれない。でもよく考えてみろ」
俺はそこで一拍呼吸を入れると、一気に畳みかける。
「大雪が降ると地面に雪が積もる。もちろん、道路にも雪が積もる。これ即ち交通の便が悪くなることを意味する! だからスーパーの品ぞろえが悪くなる。それに、人が通ることで押し固められたり、一晩を越したりすると道に積もった雪は氷になり、ツルツルと滑って危ない。それに、雪は勝手に移動してくれないから人力で積もった雪をどかさなければならない! これには多大な労力が必要だ! まだ学校が無いだけマシだが、もし学校があるのなら、雪に塗れながら寒い思いをして登校する羽目になる。こんなの最悪の一言に尽きるじゃないか!」
小学五年生の時に、この真理に気付いてしまった俺は雪が好きじゃなくなった。だから雪が降ってもテンションがそこまで上がらないのだ……。
はぁ……と俺がため息をついていると、五十嵐は少し考えた後に、じゃあさ、と切り出してきた。
「別に雪で遊ぶのは嫌いじゃないんでしょ?」
「そうだな。別に嫌いではない。むしろスキーなどは大好きだ」
昔はよくスキー場に行ってスキーしていたなぁ……。ここ何年も行っていないが。
「だったら、ちゃっちゃと片付けてから遊ぼうよ! それなら大丈夫でしょ?」
「そうだな。でも、この量は、なぁ……」
それが憂鬱なのだ。今回の大雪では数十センチ積もるだろう。
「大丈夫だよ! わたしが全部ちゃっちゃと片付けてあげるから!」
「ホントか?」
「うん、任せて!」
五十嵐は『ごちそうさま』と言うなり、上着を着て勢いよく玄関から外に出て行くのだった。