その後も、文理選択のことについて、三人で話していると、不意に玄関のドアが開く音がした。
俺は咄嗟に食器を置いて身構える。
こんな時間に玄関のドアが開くなんてまずあり得ない! 空き巣か⁉ 泥棒か⁉ それとも強盗か⁉
「ただいまー」
だが、次の瞬間に聞こえた聞き慣れた声で、俺は警戒を解く。そして心の中に驚きが満ちていく。
「おかえりー」
「お帰り母さん」
「お帰りなさい」
廊下からリビングへと姿を現したのは、俺の母さん。仕事から帰ってきたのだ。
それにしても珍しいな……。時計の針はまだ六時三十分を指している。いつもだいたい日付を過ぎて帰ってくるのに、今日はそのおよそ六時間前に帰ってきているなんて。
確かインフルエンザの時も早く帰って来ていたよな? もしかして、最近何かがあったのだろうか?
「珍しいね、お母さんがそんなに早く帰って来るなんて」
「『ノー残業デー』とやらの一環で、今日は早く帰るように言われたのよ。珍しいことにね」
いつもは仕事をしていると残業を命じられるのだろう。お疲れ様です。
これを見越している、というわけではないが、俺は夕食を作る時はいつも母さんの分まで作ることにしている。だから、今は食卓の上に出ていなくても、台所にはまだご飯とかおかずとか味噌汁とかが残っているはずだ。
「母さんの分は台所にあるから、自分でよそってね」
「分かったわ」
はー、今日はよく寝られそうね、と呟きながら母さんは台所に移動する。そして、お椀を取り出すと自分の分の白米をよそい始めた。
「そういえば舞」
「ん? なに?」
夕飯の準備を終えて食卓の上に持ってくる途中、母さんは姉ちゃんに思い出したように言う。
「この前の模試の結果、どうだったかしら?」
「ぶっ!」
姉ちゃんは吹き出すと、急に静かになる。あ、これは突かれたくないところを突かれたときの反応だ。
「えーっと……ナンノハナシカシラ?」
「……はぁ、この調子だと、またスゴい点数を取ったんでしょうね……いただきます」
母さんはため息をつくと、黙々とご飯を食べ始めた。
「えー、そんなことないわよ!」
「なら各教科の点数と偏差値を言ってごらんなさい」
「…………」
途端に押し黙る姉ちゃん。きっと偏差値五十もいっていないんだろうなこりゃ。
母さんは、この沈黙を『成績が悪くて言えない』と受け止めた。
「……なら、スマホ没収かしら」
「やだー! それだけはやめてー!」
姉ちゃんは途端にガタンと立ち上がって、必死に母さんに懇願し始めた。
「どっちを選んでも、苦労しそうだね……」
「まあ、そうだな」
この様子に苦笑しながら、五十嵐は呟く。
まあ、五十嵐ならどっちに進んでも大丈夫だと思うけどな!