「んあ……」
「大丈夫?」
誰かの声で目が覚める。ゆっくり目を開くと、俺を覗き込む五十嵐。
普段ならここで、うおぅ! びっくりしたー! とリアクションをするところだが、今俺はインフルエンザ。そんな急な動きはできないし、何より気分が乗らない。
俺は五十嵐の『大丈夫?』を無視して、真っ先に気になったことを問いかける。
「今、何時だ……?」
「今はね……だいたい六時半だよ」
確か俺が寝たのが二時くらいだったから……四時間半も寝ていた計算になる。こんなに昼寝をしたのは本当に久しぶりだ。体内時計がズレているようで、少し変な感じがする。
「もう冷たくなくなっちゃったかな……」
「ひゃ」
すると突然、五十嵐は俺の額からペランと何かを剥がした。なんだなんだ⁉ お札か? お札を外された俺は両足を揃えてジャンプしなきゃいけないのか? キョンシーかよ。
五十嵐が俺の額から剥がした物は、冷却シートだった。昼間、俺がベッドにダイブした時にはそんなものはつけていなかったので、きっと寝ている間に五十嵐か姉ちゃんが貼ってくれたのだろう。
「ありがとげっほげほ」
「大丈夫⁉」
「大丈夫じゃねーよ」
あ゛ー……辛い。まだ熱っぽいし喉も痛い。医者は薬を使っても楽になるまで二日はかかる、と言っていた。つまり、少なくとも二日間はこの辛さを味わわなければならないというわけだ。
「というか、五十嵐は大丈夫なのか? インフルエンザをうつしてしまいそうで怖いんだが」
「大丈夫だよ。天使は病気に罹らないんだよ」
大丈夫なのか……? 今の説明は全然根拠になっていないような気がするのだが。まあ、五十嵐が言っているんだし、きっと大丈夫なのだろう。
「慧こそ、勉強は大丈夫なの? 確か、インフルエンザに罹ったら、一週間くらい学校に行けないんでしょ?」
確かにそうだ。それは結構重大な問題だ。
俺たちが通っている学校は、一応進学校という扱いになっている。そのため、周りの学校よりも授業が進むスピードは速いし、単位を落とせる数も周りの高校より少ない。
つまり、一旦休みだしたら授業についていけなくなってしまうかもしれないのだ。現に、不運なことに病気に罹って長期間学校を休んでしまったせいで授業についていけなくなり、不登校になって退学になってしまった同級生も、ゼロではない。まだ俺たちは一年生なのだが。
「それはヤバいな……」
「じゃあ、わたしが慧が休んだところの授業を教えてあげるよ」
「おう。助かる」
へへ、と五十嵐は笑うと、俺の額に新しい冷却シートを貼る。一瞬、ヒヤリとした感覚が駆け巡り全身が竦む。
「そういえば、期末試験の時とは逆だね」
「何がだ?」
「ん、勉強を教える側と教わる側だよ。二学期の期末試験では、慧がわたしに教えてくれていたじゃん」
「ああ……そうだったな」
「今度はわたしの番だからね」
五十嵐はそう言って立ち上がると、ちゃんと寝ていてね、と言い残して部屋を出た。
ドアの閉まる音を聞きながら、安心感が湧き上がってくるのを、俺は感じていた。