ピピピ、ピピピ、と静かな保健室に電子音が響く。
液晶に表示された数字を、俺は無意識のうちに読み上げた。
「三十七度九分か……」
もちろんこれは外気温ではなく、俺の体温、いわゆる腋窩温というやつだ。完全に熱あるじゃん! やはり五十嵐の読みは正しかった。
もしかして、これはまたフラグ回収をしちゃうパティーンですかね? 朝のSHRの『俺インフルかかんねーし~』っていうのがフラグになっていたのか⁉ 絶対そうなって欲しくはない! でも、俺には一秒でフラグを回収した前科があるからなぁ……。
いやいや、そういう気持ちこそが病気を起こしてしまうんだ。『病は気から』という言葉がある。この有名な言葉に則れば、俺は気合を入れれば絶対に病気に罹らないはずなんだー! うおー!
……でも、だるいことには変わりはない。今日はもう早退しようか……。
ちょうどその時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。俺は体温計を元の場所に戻すと、『ありがとうございましたー』と言って、後ろ手で保健室のドアを閉める。
熱が上がってきたのか、ちょっとふらつきながら教室へ戻る。
後ろのドアをガラガラと開けて教室へ入ると、まず一番に五十嵐が俺の姿を見かけて話しかけてきた。
「慧! 大丈夫? 熱あった?」
「ああ……ちょっと俺、早退する」
「分かった。じゃあ荷物とって来るね」
「おお、サンキュ」
教壇の方を見ると、堀河先生が偶然そこにいた、ちょうどよいところに、と俺は声を掛ける。
「先生」
「はい、どうしました? 雨宮君」
「ちょっと熱があってだるいので早退します」
「分かりました~。一人で帰れますか?」
「はい」
本当はちょっと不安ではある。しかし、姉ちゃんは授業を受けなくちゃいけないし、母さんは仕事なので今から迎えに来てもらうわけにもいかないし、父さんは海外にいるのでここは一人で帰るしかないだろう。別に一人でも大丈夫だ。たぶん。
「そうですか~、ではお大事に」
「はい。失礼します」
俺は先生に向かって深々と頭を下げると、振り返る。
と、その先にはちょうど五十嵐がいた。俺の鞄とコートを抱えている。
「ありがとう」
礼を言いながら、俺は鞄を受け取る。次に、それを一旦床に置くとコートに腕を通す。
「どういたしまして。あと、六時間目に配られたプリントはわたしが持って帰っておくね」
「ああ。迷惑かけてスマンな」
「いいよ別に……それよりも、家に帰ったらちゃんと休んでね」
「分かった。じゃあ」
俺はコートのボタンを掛けると、鞄を持って、教室を立ち去った。
願わくば、インフルエンザではありませんように!