数十分後。
俺は自分が朝通って来た道をそのまま戻り、家の近所を歩いていた。
昼下がりということで、人の往来は少ない。もちろん、俺みたいな学生は、今の時間帯は授業を受けているはずなので、見かけるわけがない。いるとすれば、サボりか不良くらいだろう。
それにしても、俺の見立ては結構甘かった。
既に、かなりの熱があり、体の節々が痛い。熱のせいか、頭がボーっとして体中が倦怠感に包まれて動くのが辛い。何が、『一人で帰れます』だ。早退するときに担任にはそう言ったけど、実際に電車に乗る時は相当キツかったぞ!
これ完全にインフルエンザじゃねーか! でも、医者に診断されるまではまだ分からない。フラグ回収はごめんだ。
俺はフラフラと通学路を歩いていく。大丈夫かな……ボケて学校を抜けだして徘徊している認知症の学生、みたいに見られていなければいいんだが。見られるはずないか。
ここでようやく俺の家が見えてきた。辛い体を引きずるようにして若干スピードを上げて、力を振り絞って家に向かう。
「ただいまー……」
ガチャリと家の鍵でドアを開けると、俺は家の中へと挨拶。返事は来ない。姉ちゃんと五十嵐が学校で、母さんが仕事で、親父は海外にいるこの状況で、返事が返ってきたら逆に俺、警察に通報するぞ。空き巣の疑いで。
「おかえりなさい」
「うん……ってえ?」
そんなことを考えていたせいで、つい家の中からの声に生返事をしてしまった。そして遅れること数秒、俺は思わず驚きの声をあげた。
何故誰もいないはずの家に誰かがいるんだ⁉ おかしいよね⁉ まさか空き巣⁉
いやないないないないない! ない! あるはずないよ! 今朝出かけるときしっかり鍵をかけてきたからそれは絶対にない。
それに、この『おかえりなさい』の声が誰の声なのか、俺は知っている。俺は痛む体を動かし急いで家に上がり、リビングに入る。
そして、リビングにいたのは。
「母さん⁉」
「お帰りなさい、慧。早かったけど、どうしたのよ?」
「これはこっちのセリフだよ。母さんこそ何故こんな早い時間に家にいるんだ⁉」
「今日は珍しく仕事が午前中に終わったのよ」
マジで⁉ てっきり残業が当たり前のブラック企業に勤めているから、母さんは毎日夜遅くまで帰ってこないと思っていたのだが。本当に珍しいな……。
「それで、慧はなんでこんな時間に帰ってきたのよ。まだ学校の時間でしょう?」
「それなんだけど……」
インフルエンザかもしれない、と俺は言葉を続けようとした。
だが、次の瞬間、俺の視界が大きく揺らぎ、力が入らなくなる。
遂に俺の体が限界を迎えたのか……咄嗟にそう思った。
「慧⁉ しっかりしなさい!」
膝を床に打ちつける音が響き、ひんやりと床の冷たさを感じる。
そして、母さんのそんな声が聞こえたきり、俺の意識は闇に落ちていった。