アリスの壁ドン……じゃなくて壁ドコッ! から解放され、教室に置き去りになっていた荷物を取ると、俺は全速力で帰り道を急いだ。
俺は電車通学なので、時間によって帰宅時間がかなり左右されるのだが、天が運に味方をしてくれたようで、今日はなんと史上最速記録を叩き出して家にゴールインした。メガ・ラッキィー! 誰か金メダルくれないかな?
「ただいま」
「遅いよ慧! 遅れちゃうよ!」
玄関のドアを挟んだ向かい側で五十嵐は靴を履いていた。一足先に帰った五十嵐は、もう制服から私服に着替えている。だが、残念ながら俺にはそんな時間はナッスィング! 制服のまま行くしかない。
五十嵐はほら、と左手に持っていたデカい袋を俺へ突き出してくる。俺は持っていた鞄を廊下の端に放り投げると、その袋を受け取る。
「うおっ……重っ」
ヤバい。この重さは正直予想以上だ。だが、持てない重さではない。俺は片手で袋を持ち直すと、もう片方の手でドアを押し開けて外に出る。
五十嵐が出たところで家の鍵をかけると、俺と五十嵐は、俺が今通ってきた道を急ぎ足で逆走する。
「それにしても、よく短時間で綺麗に詰めたな……一億円」
「前に段ボールに綺麗に詰め直したんだ。それで、スムーズに入れられたの」
「そうだったのか……重くないか?」
「平気だよ。慧と同じ重さだもん」
五十嵐の右手にも、俺と同じように袋から握られている。その中にも、一万円札がぎっしりと入っている。
もちろん、俺が提げている袋にも一万円札がぎっしり詰まっている。二つの袋を合わせるとその額なんと一億円。●まい棒がなんと一千万本も買える金額だ。それを、俺と五十嵐でちょうど二分割、それぞれ五千万円ずつ持っている。
こんな超高額をいったいどこに運ぶのかというと、アリスの家である。
アリスはお金が無い癖に天使の力でごまかしてタワーマンションの最上階を買い、さらに天使の力が切れそうで、不動産屋にバレそうだと昨日言ってきた。タワーマンションの最上階の部屋は一億円。それを聞いた俺たちは、翌日――つまり今日、神が五十嵐に送ってきた一億円をそっくりそのままアリスに渡すことにしたのだ。
そして、五十嵐の見立てによると、天使の力が切れるのが今日のどこか。だから、俺たちはなるべく早めにアリスのもとへ持っていかねばならない。
何故現金をそのまま持っていくことにしたのか。これはかなり単純で、アリスは銀行口座を持っていないし、こんな大量の現金を銀行に持っていったら面倒くさいことになりかねないからだ。しかも、このお金の存在は俺と五十嵐、神、そしてアリス以外は誰も知らない。だから、隠密に運ぶには、直接手で運んでいくのが一番確実なのだ。
俺たちは人目を気にしながら、やって来た電車に乗り込むと、袋の中が見えないように気をつけながら席に座る。
心臓がバクバクだ。今だけは五十嵐以外の全員が敵に見える……。
そんな状態でおよそ十五分間、全く気が抜けない乗車時間を過ごした後、俺たちは学校の最寄り駅で電車を降りると、コソコソと改札を抜ける。
大丈夫だよね⁉ 一億円、盗まれていないよね⁉ いつの間にかスリに遭って袋の中身が石ころに変わっていたりとかしないよね⁉
何度も不安になって確認するも、バッグからは一枚たりとも諭吉様は消えていなかった。
そして、俺たちはアリスの住んでいるタワーマンションの前に辿り着く。ここが昨日彼女に指定された待ち合わせ場所だ。まだ彼女はやって来ていなさそうだったので、俺たちは地面に袋を置く。盗られないように、注意して見張っておかないと……。
数分間、寒空の下で待っていると、タワーマンションの自動ドアを潜り抜けて、金髪美少女がこちらにやってきた。
彼女は俺の隣の五十嵐の姿を見るなり、手を大きく広げて五十嵐に駆け寄った。
「セラフィリ~!」
「アリス!」
そのまま二人は抱き合う。女子の挨拶ってこういうものなのか……⁉
「それで、ちゃんと持ってきてくれた?」
「もちろん! 慧、袋を」
「あいよ」
俺は地面に置いておいた袋を二人とも持ち上げると、それをアリスに手渡す。
アリスはフン、と不機嫌そうに鼻を鳴らすと、その袋を両手で受け取って、
「うわっ……!」
その重みで両手が引っ張られて、危うく前に転びかけた。
「ちょっ……アンタ、重いなら先に重いって言いなさいよね!」
「ああ、悪い。天使は全員力持ちだと思っていたんだが……」
「酷い偏見ね!」
五十嵐は普通に持ち上げていたんだけどなぁ……。今日だって、コンクリートの壁にひびを入れていたから、力は相当あるのかなと思ったんだが。殴る力と持ち上げる力は違うのだろうか?
アリスはその細い腕をプルプルと震わせながらなんとか持ち上げる。だ、大丈夫か……?
「ついていこうか?」
「結構よ……」
そんな言葉に反して腕はものすごく震えているんだが。まあ、本人が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう……。変に強気に出ると殴られそうだ。
「じゃあ、ね……。その……持ってきてくれて、ありがとう」
「おう。じゃあまた明日」
「バイバーイ!」
俺たち二人は、よろよろと立ち去るアリスを見送った後、再び電車で家に帰ったのだった。