ドコッ!
コンクリートを穿つ鈍い音が、俺の左耳スレスレから聞こえる。砕けたコンクリートの欠片が、パラパラと剥がれ落ちて、俺のセーターの中に侵入してきた。
目だけを左に動かすと、まず目に入るのは紺色のセーターに包まれた腕。首をちょっとだけ動かしつつその先を追っていくと、白磁の肌が現れ、手の甲が視界に入る。指をめいいっぱい開いて、パーの形を作り出している。
その手がゆっくりと引いていくと、その手が隠していたコンクリートの白い壁が露わになった。
掌があったところのちょうど中心から、壁は放射状にひび割れ、白く塗られたコンクリートの表面が欠片となって剥がれ落ち、中の灰色がところどころ見えている。その威力の強さに、思わず息を鋭く吸った。
そして今度は、視線を再び前に戻していく。
恐れを無意識に抱いているのか、かなりぎこちなく首と目線を戻していくと、さっきまで俺を壁ドン――いや、『壁ドコッ』していた腕が見えた。そして、その先を辿っていくと、俺の目の前にアリスの顔があった。
ああ、なんでこうなったんだろうか……。
☆★☆★☆
帰りのSHRが終わった直後、帰ろうとした俺を、突然アリスは呼び止めた。
「セラ……んんっ、ひかりのことで話があるの」
「え?」
いったい何なんだ……? そう思う間も無く、アリスは俺の手首を掴んだ。そして、有無を言わさず俺を人気のない廊下まで引っ張ってきたのだ。
もちろん抵抗もした。だが、やはり一般人がチート持ちの天使に敵うはずなどない。アリスは微塵も揺るがず、逆に『大人しく運ばれなさいよ!』と足を蹴られる始末。ああ……思い出したら痛くなってきた……。
☆★☆★☆
「聞いているの?」
足の痛みをこらえていると、俺は突然胸倉を掴まれてズイっと引き寄せられる。
ちょっ……近い近い! 近いよアリス!
俺の目の前には、真っ青なその瞳。なんだか分からないけど女子特有の甘い香りが漂ってきている気がする。やろうと思えば、キスでもできそうな距離だ。もちろん、そんなことはしないが。したら確実に殺される。
俺は保身のために、首を上下に振り肯定の意を示す。
すると、それで納得してくれたのか、アリスは俺の胸倉から手を離した。俺は距離をとろうと壁に寄りかかる。
「いい……セラフィリに何かしたら、アンタはこの世から消えることになるからね……」
「分かったから、分かったから、そんな虚ろな目で見ないで!」
もしやコイツ……ツンデレだけじゃなくて、五十嵐のことに関してだけはヤンデレになるのか……⁉
「分かったならいいわ……」
そう言って、アリスは俺とひびの入った壁を残したまま、その場をフラフラと立ち去っていった。
……他の生徒がいなくて本当によかった。こんな現場を見られたら、間違いなく問題になるだろうからな。
そんなことを考えていると、何の脈絡もなく突然アリスが立ち止まると、グルンとこちらを振り向く。
「セラフィリにもし何かしたらぶっ●すから」
「わ、分かったから」
美少女が『ぶっ●す』発言って……。絵面がものすごいことになっている。
というか、早く帰らないと……。アリスのせいで、この後の用事に遅れそうだ。
俺はまだちょっと震える足を動かして、荷物が置きっぱなしの教室へと戻るのだった。