「あれ? 私いつの間に……」
姉ちゃんがむっくりと突っ伏していた体を起こす。そして、うーんと伸びをした。アリスの催眠からお目覚めのようだ。
姉ちゃんは寝ぼけ眼でリビング中を見回す。
――我が家のリビングは、五十嵐とアリスが荒らしまわる前と同じように、いやそれよりももっと綺麗になっていた。床は塵一つ無くピカピカ、割れた皿とか小物とかは全て元あった通りに戻っている。やっぱりアリスの天使の力はスゲーな。
そして姉ちゃんは、このリビングの状態を見て――特に関心も持たずに、五十嵐とアリスの方向を見た。
「立っていないで、座ったら?」
「あ、どうも」
……ん? おかしいぞ。
何故姉ちゃんはリビングを見ても関心を持たなかった? さっきまであれだけグチャグチャだったのに。それに、何故姉ちゃんはアリスと普通に会話しているんだ? さっきまであれだけアリスに対して怒りの感情を抱いていたのに。
『それは、あたしがアンタの姉に催眠を掛けて忘却させたからよ。……しょうがないから具体的に言ってあげるわ。彼女にはあたしとセラフィリがリビングをめちゃめちゃにしたことと、彼女があたしを殴ったこと……この二つの記憶を抹消して適当に書き替えておいたわ』
「何それ怖ぇ!」
「どうしたのよ、慧?」
「い、いや、なんでもない、姉ちゃん」
思わず声に出してしまった。そしてアリスがこちらをジロリと睨む。記憶の抹消と書き換えって……確かに五十嵐も前にやっていたが、改めてかなり恐怖を感じた。俺はそんなことをされないように気をつけよう。
「あ、それではあたしはもうそろそろお暇します」
「えー! もう帰っちゃうの?」
「……これから色々と手続きがあるので」
アリスは用事があるらしく、家に帰ると宣言。五十嵐はそれに対して残念アピール。俺としてはさっさと帰ってもらいたい。
そして姉ちゃんは若干残念そうにしつつも、引き留めはしなかった。
「もう帰っちゃうのね。じゃあ、慧。ついていってあげなさい」
「ああ、ってええええ⁉ なんで俺がついていかなきゃいけないんだ⁉」
「そうよ! あたし一人でも大丈夫だわ。夜じゃあるまいし」
ホントだよ! 一人でこの家まで来られたんだから、一人でも帰れるだろ!
でも姉ちゃんは引き下がらなかった。
「でも、外国人の女の子は変な人に狙われやすいわよ? 無理矢理連れて行かれそうになったらどうするのよ?」
ご心配なく。アリスは天使なので、天使の力を使ってなんとかしちゃいます。
そうだよな! ……ってなんで『うっ……』みたいな顔をしているんだよ!
そして、アリスは一人でブツブツと呟き始める。
「……気色悪い男に体を触られたくはないわね……かといって街中で力を使うと後始末は面倒だし……ならまだそこの雨宮慧を連れた方がマシね」
そして一人で結論を出すと、俺をビシッと指さした。
「あたしの後について来なさい! 変態男から身を挺してあたしを守りなさいよね!」