現在進行形で、俺はスゴく危険な状況に巻き込まれている。
俺の横には五十嵐。そして、その前からは同じく天使であるミカエルが、天使の力を使って創ったナイフを両手で握りしめて、五十嵐に突進してきている。
……ここは五十嵐を突き飛ばして俺が身代わりにならなければ!
そう思って、俺は五十嵐の方へ一歩を踏み出そうとする。しかし、それよりも五十嵐の行動の方が早かった。
「危ない!」
その声を聞こえたと同時に、ドン、と体を押される衝撃。
俺よりも早く動いた五十嵐が、体重をかけて俺を突き飛ばしてきたのだ。
成す術もなく、俺はバランスを崩して倒れていく。そして、五十嵐も元からそのつもりだったのか、倒れかけた俺の上に、体を覆い被せてきた。
視界の端で、五十嵐の左わき腹スレスレを、ミカエルのナイフが通り越していくのが見えた。
「わふ……ぐへ……」
一回目は俺が床に倒れた時の衝撃で、二回目は倒れてきた五十嵐の肘が俺の鳩尾にクリーンヒットした時に漏れた声だ。
ちょっとぉ……肘打ちなんて聞いていないんだが……。あぁ、痛ぇ……。五十嵐に押し倒されているのにそれを感じる余裕もない!
だが、五十嵐は俺に悶える時間すら与えてくれなかった。
「早く廊下へ!」
そんな叫び声と同時に、俺の体は再び宙に浮く。コンマ数秒遅れで、体勢をすぐに立て直した五十嵐が、俺を廊下の方へと放り投げたのだと分かった。
ちょっと五十嵐さん⁉ 人の扱い雑ですねあなた⁉
「ぐへっ……」
廊下の床に尻から入った後、ゴロゴロゴロと廊下を横断して壁にぶつかって止まる。廊下の床はかなり冷たいということを、俺は自分の頬をもってよく知った。
「いててて……」
廊下に膝をついて乱暴に扱われた体に鞭打って立ち上がると、俺はリビングの方に顔を向ける。
と、そこには壮絶な光景が広がっていた。
「死ねええええぇぇぇぇ!」
「やめて! ミカエル! 気を確かにして!」
ダイニングテーブルは薙ぎ倒され、リビングのソファーの位置はめちゃめちゃになり、棚は倒れ……。もう何が何だか分からないほど散らかっていた。
そして俺の前には、恐ろしいほどフットワークの軽い二人が、リビング中を飛び回っていた。ついでにお皿も飛び回り、陶器が割れる音とかナイフが刺さる音とか、壮絶な音が響き渡っていた。
この場に俺が入ってしまったらどうなるか。怪我をして終了、になることは馬鹿でも分かる。
ああ……。俺の家が……壊されていく……。
俺がぼーぜんとして立ち尽くしていると、不意に玄関の方でドアが閉まる音が聞こえた。
そういえば、ずっと玄関のドアを開けっぱなしにしたままだった!
ドアを閉めて家に帰ってきた彼女は、家のリビングの方で響き渡る壮絶な音に直ぐに気づいて、靴を脱ぎ散らかして荷物を放り捨てるように置くと、俺の目の前で、現在進行形の大乱闘を見る。
だが、彼女は俺とは違った。
彼女には暴力という力があった。
彼女は俺と同じように数秒間唖然とすると、肩を震わせ始める。拳が固く握りしめられているのを見て、俺は彼女の気持ちが分かった。
彼女は現在猛烈に怒っている。幼い頃から――それこそ俺が生まれてきてから一緒の家に住んでいて、何度も目にしたことがあるから断言できる。
――姉ちゃんは、今猛烈に怒っている、と。
そして、コンマ数秒後、姉ちゃんの怒りが爆発し、二人には制裁の鉄槌が振り下ろされることとなった。