「は~い、それでは帰りのSHRを始めま~す」
始業式の日は、午前中だけの半日授業だ。しかも、授業といってもその内容は始業式とか留学生の紹介とか冬休みの課題その他諸々の提出とかしかないので、非常に楽チンである。
俺としては、これを翌日に回して冬休みをもう一日増やして欲しい所存である。
しかし、気になるのは水無瀬の容態だ。本当に大丈夫か? 朝からなんか調子がおかしいとは思っていたが、三時間目あたりから机の上に突っ伏したままほとんど動いていないし喋ってもいない。まさか……死んでる⁉
「おい、水無瀬、大丈夫か?」
「うう……ん」
おい、今の返事はYES/NOのどっちだよ⁉ ずいぶん辛そうだが……。顔は赤くなっているし、いつもの中二的な返しもないし。
俺は思わず右手を水無瀬の額に当てる。
「ちょっ、おま……熱あんじゃん」
水無瀬の額はものすごく熱かった。多分体温計で測ったら三十八度とか九度台が出るレベル。水無瀬はただの風邪と言っていたけど、これはただの風邪ではない。絶対。
「だいじょう……ゲホゲホッ」
「大丈夫じゃねぇだろ……」
しかも咳まで酷くなっている。声も熱のせいか若干腫れぼったく聞こえる。
水無瀬は明らかに何かの病気に罹っていた。体力が奪われているせいで、いつもの中二的返事もできていない。
「保健室は……もう遅いか……」
今はSHR中。しかも今日は半日授業なので、保健室はそもそも開いていない可能性が高い。
「それでは、皆さん、さようなら~」
そうこうしているうちに、先生はSHRを締めくくった。
教室からクラスメイトがザワザワと騒ぎながら出て行く。先生も教室前方のドアから出て行こうとしているのを見て、俺は慌てて立ち上がり、声をあげて引き留めた。
「先生! ちょっといいですか」
「? どうかしましたか~?」
「ちょっと水無瀬さんの具合が悪いみたいで……熱が結構あるんです」
先生がこちらに近づいてきて、俺と同じように水無瀬の額に手をやる。いつも糸みたいに細い目が、更に細くなって鋭くなる。
「あらあら~……これはちょっとひどい熱ですね……。水無瀬さん、歩けますか~?」
「……」
無言でゆっくりと首を横に振る水無瀬を見て、先生はしばし出席簿を片手に思案する。
「そうですか……それではちょっと応接室まで行きましょう。ちょっと揺れますが耐えて下さいね。よいしょっと」
「「「⁉」」」
緩い感じの言葉とは対照的に、先生は出席簿を脇に抱えて、水無瀬のスクールバッグを掴むと、反対側の手で水無瀬をひょいと抱えた。
雑だなおい⁉
「それでは、皆さんも気をつけて帰ってくださいね~。さようなら~」
先生はあくまでゆる~い感じを崩さずに、水無瀬を小脇に抱えたまま、教室前方のドアから姿を消した。
俺だけではなく、このやり取りを見守っていたもっちーと五十嵐も、先生のこのとんでもない行動に言葉が出ない。
……いくら水無瀬がちっちゃいとはいえ、生身のJKを片手一本で抱えて運べる先生は初めて見た。
「あの先生、いったい何者だ……?」
俺は先生のパワーに戦慄するのだった。