慌ただしい三が日が過ぎると、雨宮家はいつもの生活に戻る。
親父は暖かいカイロで新年を迎え、そのまま帰ってくる気配はない。母さんは毎朝早くから毎晩遅くまで仕事に出かけているし、姉ちゃんはひーひー言いながら机に向かって冬休みの課題をしている。
そして俺は、近所の総合スーパーへ向かっていた。
正月前に買いだめをしておいた食材は正月でほぼ使い切ってしまったので、今日買ってこないと食べるものがない。家にあったカップラーメンもあらかた食べつくしてしまった。
それにしても、ここ最近妙な感じがする。
年が明けてから、俺が外を歩いていると、どこからか視線を感じるのだ。気味が悪くなってパッと振り返っても、後ろには誰もいない。上とか下とかを見ても、こちらを見ている人はいない。
しかも、夜に限らず昼にも、人が少ない時に限らず雑踏の中でも、その視線を感じるのだ。
多分ストーカーだろうが、実際にその姿を見たわけじゃない。警察に訴えても気のせいだ、と信じてもらえないのがオチだろう。
俺も気のせいだと信じたいが……とても気のせいだとは思えないんだよなぁ……。
「おーい、慧!」
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声。振り向くと、俺の方へ五十嵐が走ってきていた。
すぐに俺の横に並んだ五十嵐は、はい、と財布を差し出してきた。
「家に忘れていたよ」
「あ、あぶねえ……ありがとな」
「どういたしまして」
もし五十嵐が財布を持ってきてくれなかったら、きっと俺はレジからわざわざ家まで引き返す羽目になっていただろう。マジでうっかりしていた。
それにしても、五十嵐は家からここまで走ってきているというのに息が切れていない。やはり、元天使で運動能力が高いからだろうか。俺もなるべく毎日ジョギングをするように心掛けているが、そこまで体力があるわけではない。五十嵐が羨ましいな……。
ところで、五十嵐は帰らないのだろうか。財布を届けてくれたから、もう家に戻っても構わないのだが。
そう思っていると、俺の横を歩きながら五十嵐はポツリと言った。
「買い物に行くならわたしに一声かけてくれればよかったのに……」
「でも、わざわざ五十嵐の手を煩わせるわけにはいかないだろ?」
「別にわたしは嫌じゃないよ。それに、お米だって買うでしょ? 一人で持って帰るのは大変だよ?」
……見抜かれていたか。実は、買い物に行く前に荷物が重くなりそうだから五十嵐の手を借りようか迷っていたんだよな。結局、自分一人で行けそうだったし、五十嵐に悪いかな、と思ったから、借りなかったけど。
でも、本人が手伝う、って言っているなら大丈夫だよな。
「……じゃあ、手伝ってくれ」
「了解!」
五十嵐はビシッと敬礼の真似事をすると、思い出したように付け足した。
「というか前はわたしのこと堂々と使っていたよね」
「今はそれだけ遠慮したいんだよ」
何の気兼ねもなく返したその言葉に、何を見出したのか五十嵐は、数秒間押し黙った。
「……ありがと」
お、おう……。そんなに耳を真っ赤にして照れないでくれ。俺までちょっと照れてしまうだろうが!
五十嵐のスイッチってよく分からんな!