「寒いね~」
「ああ、そうだな……」
翌日。朝食の後、俺と五十嵐は二人で、近所の神社へ徒歩で初詣へと出かけた。
母さんは出勤して、姉ちゃんはリビングでぐーすか寝ていたので、二人だけの外出になる。
雲は厚く、かなり気温は低い。今年は寝坊して見られなかった初日の出だが、多分起きていても見られなかっただろう。
俺と五十嵐の間には微妙な距離が開いている。もちろん、今現在進行形で五十センチくらい離れて俺の横を歩いているのだが、それだけではなく、心の距離も少しだが開いてしまった。
多分、今までなら、この状況だったら五十嵐は俺に話しかけてくるはずだし、それに、もしかしたら手でも繋いでいたかもしれない。だが、二十六日以降、五十嵐は過剰なスキンシップを俺にしなくなった。多分、あの事件のことを知って、色々思うところがあるのだろう。
俺としては、この五十嵐の変化に何とも言えない複雑な気持ちを抱いている。ちょっと距離が離れて悲しいような、でも色々と考えてくれているのは嬉しいような……。
距離感、って本当に難しいな。
一人で勝手にそんな壮大な話にいきついていると、不意に俺の鼻の頭にツンと冷たいものを感じた。
雨でも降って来たのか……? と思って空を見上げる。
いや、雨は降っていないようだ。だが、灰色の垂れこめた雲からチラチラと小さな白いものが舞い降りてきている。
「雪だ!」
隣で五十嵐が嬉しそうにはしゃぎだす。
それもそのはず、五十嵐は俺たちと過ごし始めてから初めての雪なのだ。今までテレビの中でしか見たことがなかった彼女にとって、今の雪はとても興奮するものなのだろう。
だが、雪も降り積もると大変なことになる。今はチラチラと舞っている程度だが、もしこれから激しくなったら、家に帰るころにはびしょ濡れになってしまうかもしれない。
俺はすかさずスマホを取り出して、天気予報を表示する。
この周辺は朝頃だけにわか雪という予報が出ていた。
それならたぶん激しくなることはないだろう。俺はスマホをしまうと、寒さで白くなった息を吐く。
このまま初詣に行っちゃうか……。
「雪、激しくなりそう?」
うおっ! ビックリしたー……。また高ステルス性能を発動してきたな。さっきまで俺の傍で『雪だ! わーい!』とか言いながら、手を広げて降ってくる雪に触り、『冷たーい!』とか騒いでいた癖に、いつの間にか傍から俺のスマホを覗き込んでいたのだ。っていうか、もうビックリしないと決心していたのに、またビックリしてしまった……。
「たぶん、そんなに降らない。だからこのまま初詣に行くぞ」
「うん。じゃあ、早く行こう!」
「お、おう」
五十嵐は雪が降り始めたことでテンションが高くなったのか、俺の心臓が跳ねるのも構わず、俺の手を掴んで走り始めた……
……ところを俺は慌てて引き留めた。
「どうしたの?」
「そっちは神社と逆方向な」
俺はちょっと恥ずかしさを覚えながら、五十嵐の手を握って正しい方向へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、歩くの速いよ!」
「あ、ああ。すまん」
緊張のせいか、若干早足になってしまった。
俺は今度こそ、ゆっくりと五十嵐と一緒に、神社へ歩き始めた。