彼女が目の前で車に撥ねられても、俺は何もできなかった。
吹き飛ばされた彼女を、目で追うこともできず、声をあげて大人に助けを求めることもできず、近くの公衆電話で緊急通報をすることもできず、ただその場に立ち尽くしていただけだった。
何故行動できないんだ、と悔しかった。
何故行動しなかった、と後悔した。
何故行動できなかった、と自責した。
その時、俺の中にあったのは、それだけだった。
周りに音を聞きつけた野次馬がやって来ようと、その中の誰かが一一〇番通報して警察と救急が来ようと、俺はその場から一歩も動けずに立ち尽くしていた。
彼女は死んだ。
ただ、その事実だけは、不思議なことにすんなりと理解できた。
もちろん、人が時速八十キロ近く出ている車に、横からもろに衝突されたら誰であろうと死んでしまう、ということは容易に想像できる。彼女もそれに違わず即死だった。
ただ、俺はその事実を理解したが、受け入れることはできなかった。
俺は、彼女の通夜にも葬式にも四十九日にも一周忌にも出ていない。墓参りも、だ。
自分でも酷いとは思う……。だが、俺は今でもそれに出る決心ができない。
多分、俺はまだ頭のどこかで彼女が生きているという希望に縋りたいんだと思う。それに出てしまったら彼女が生きているという願望が、全て潰れて否定されてしまう。だから、出ようと思っても、どうしても出られないんだ……。
自分勝手だよな、俺って……。
水無瀬やもっちーはこのことについて、俺には何も言ってこなかった。
そして、彼女の死は、確実に周囲に影響を及ぼしていた。
一番は、当時中二病で水無瀬と一緒に校内で暴れまわっていた姉ちゃんが、すっぱりと中二病を卒業したことだ。今でも中二病グッズは姉ちゃんの部屋にまだ残っているけど、あれは元々中学三年生の、その時までに集めたものの名残だ。
……この話は、今ではもう触れられることもほとんど無くなり、このことを思い出すと俺の胸は苦しくなる。
ただ……思わずにはいられないんだ。昨日も似たような事故で、五十嵐を助けられたから、あの時も助けられたんじゃないか、って……。
☆★☆★☆
全てを話し終えた慧の肩は震え、頬には涙が伝っていた。
わたしはなんと慧に声を掛けたら良いのか分からない。
『大変だったね』? 『話してくれてありがとう』? 思いつくどの言葉も、偽善者のようにしか聞こえない。
なら、抱きしめる? 自分からそうするのはあまりにも烏滸がましいことだ。
だったら、わたしは何をすればいい? 二年前の真実を、胸が苦しかったはずなのに、ありのままを全て話し、懺悔した彼を。わたしは何をすればいい?
「……っ、……っ」
そう考えている間にも、慧はしゃくりあげる。そして、わたしの服をギュッと掴んできた。
わたしは慧と同じ高さまでしゃがみ、彼が縋りついてくるのを振りほどくこともなく、慧が『もう大丈夫だ』と落ち着くまで、ずっとそのままでいた。
重い後悔を自ら背負った彼に対する行動としては、あまりにも軽いものだとは思う。けれども、今のわたしにはこれしかできなかった。