その日、俺と彼女は珍しく二人きりで帰っていた。
毎日通っている通学路が、好きな人の隣を歩くと、途端に見間違えるように異なって見えるというのを、その時俺は初めて体験した。心臓がバクバク鳴っているから、周りの音も全然耳に入らなかった。もしかしたら、違って見える景色の方も、緊張で視覚がどうにかしていただけだったのかもしれないが。
彼女はこんな状態の俺でも昔と同じように、話しかけてくれた。俺はそんな彼女の話に、緊張してあんまりついていけていなかった。
実は、俺はその日、彼女に告白する決心がついていたんだ。当時の俺にとってみれば、この日は大袈裟だけど俺の運命の分岐点だと思っていた。振られるか付き合うことになるか、の二択だったわけだ。
だが、現実は別の意味で運命の日になってしまった。俺と彼女の、二度と会うことのない、別れの日に。
話しながら中学校から歩くこと数分、俺たちは大通りを渡ろうとしていた。
そこは普段から車の多い通りだった。そして、この通りの向こうには、俺たちの住んでいる住宅街が広がっていた。
その時、彼女と何を話していたのかは、詳しく覚えていない。だけど、意を決して告白しようと呼びかけたのは覚えている。
ただ、俺の視界に映っていたのは、信号が青になった瞬間、何を思ったのか道路に飛び出していった彼女と、そこに赤信号を強引に突っ切っていこうと猛スピードでやって来た自動車のブレた姿だけだった。
その時、彼女と自動車の間にはまだかなりの距離があった。俺が全力疾走して彼女を突き飛ばすなりなんなりしていれば、もしかしたら俺や彼女の足の一本や二本が折れただけで済んだかもしれない。
だけど、その時の俺は、それが分かっていたにもかかわらず、動けなかった。
動こうとしても、足が道路にぴったり張り付いたまま離れなかった。
ならば声を出せばよかった。もしかしたら彼女はその声でやって来る車に気づいて避けてくれるかもしれなかったから。その時、車は俺が走って彼女を助けに入ろうとしても、もう間に合わないだろうという所まで進んでいた。
だけど、やっと出た声は、叫び声じゃなくて、かすれ声だった。喉が空回りするような、かすれた小さな声だった。
次の瞬間、辺りにけたたましい車のクラクション、そしてタイヤが路面を擦る耳障りな音が響き渡った。本当ならもっと早くに響くべき音だったが、運転者が前方不注意で遅れたんだそうだ。
え? と彼女が車の方を向いた。
もう誰もどうしようもない状況まで事態は進行してしまっていた。
そして、鈍い音が響き、彼女は死んだ。