警察と救急が到着した後、俺と五十嵐は『念のため』と人生初めての救急車で近くの病院へ搬送された。そこで検査を受けたが、俺たち二人に異常は無かった。
病院の次は警察だった。俺たち二人は警察に連れて行かれて、別々に軽く事情聴取を受けた。そこで、俺はただその時起こったことをありのままに警察に伝えた。これは後日、新聞で知ったことだが、突っ込んできたワゴンは盗難車で、犯人は指名手配犯だったらしい。もちろん、犯人は病院に搬送された後、そのまま逮捕された。
そして、俺は五十嵐を庇ってからずっと、後悔している。
もちろん、後悔しているのは五十嵐を庇ったことではない。
『もう誰も死なせたくない』
この思いはずっと心の底に強く流れていた。あの時からずっと。
だから、五十嵐を助けようと咄嗟に思えた。もう、大切な人を助けられずに、後悔したくないから。そして、あの時とは違い、体を動かし、突っ込んで来るワゴン車の進路上から五十嵐を避けさせることができた。
助けられた、と安心したのも束の間、俺は途端に激しい後悔に襲われた。
五十嵐を助けることができた。これはれっきとした事実だ。
つまり、自分にはあの状況から、五十嵐を助けることができる力を持っていたことを証明したことになる。
だったら、あの時も、俺には助けられるだけの力があったのではないか。
だったら、あの時も、俺の足が動いていれば助けられたのではないか。
そんな考えが、五十嵐を助けたと同時に、俺の中で渦巻き始めた。
今までは、『そもそも俺が行動しても助けられないことができない』と思い込んでいたため、仕方がなかったと心の中で言い訳をすることができた。
だが、今回の事件で、五十嵐を助けられた。
ならば、あの時もし今回と同じように行動していたら、俺は彼女を、助けられていたかもしれないのだ。
どうしてあの時、助けられたかもしれなかったのに、行動できなかったのか。自分には本当は力があったのに、何故『無理だった』と勝手に思い込んで納得しようとしていたのか。
俺は、そんな俺が許せなかったし、激しく後悔していた。
「……い……慧!」
誰かが至近距離で俺の名前を呼ぶ声に、ハッと我に返って自分の世界から脱出する。声のした方向を見ると、心配そうな五十嵐の顔があった。
「慧……大丈夫……?」
「ああ……って今は何時だ……? それに、ここは……」
「本当に大丈夫……? 今日は二十六日の午前十時、ここは家だよ」
腕時計を見ると、液晶は確かに午前十時を表示している。しかも、俺はリビングのソファーに腰掛けている。いつの間にか……。
あの事故があった後の記憶が、所々に欠けたジグソーパズルのようになっている。車から守るため、五十嵐を強く抱きかかえて道路に伏せたところまでは鮮明に覚えているが、その後は所々が抜け落ちている。警察や病院での出来事は何となくしか覚えていないし、警察の事情聴取の後、俺はどうやって家に帰ったか全く覚えていない。
ただ、ハッキリと覚えているのは、俺はずっと後悔しているということだけ。たったそれだけ、自分の中でそれを責めていたことだけは覚えている。
「慧」
俺がこの状況に愕然としていると、五十嵐が俺の目の前でしゃがんだ。そして、俺の目をまっすぐに見つめてくる。俺はその圧に思わずたじろぐが、いつになく五十嵐が真剣な表情なので、目を逸らすことはできなかった。
「余計なおせっかいかもしれないけど……何があったのか、話して欲しいの」
「……知っているのか」
「舞さんから、『二年前に事故が起きた』とだけ。『話は本人の口から聞いた方がいい』って。水無瀬さんもそう言ってた」
「そうか……」
話すか話さないかは、全て俺の意思に委ねられた、と。そういうことか。
このまま、俺は話すことを拒否するのもできるだろう。そうしたら、五十嵐は深くは追ってこないはずだ。彼女は、やさしいから。
しかし、それは本当に最善の選択だと言えるのだろうか……。
俺が黙ったままでいると、五十嵐はスッと腰を上げた。
「……ごめん、無理言って。朝ご飯、早く食べないと冷め……」
「待て」
「え……?」
思いの他強い口調になった俺の制止の声に、五十嵐は困惑の声を漏らす。
今、話さなければ、もう二度と、自分の気持ちに向き合えない気がした。
一生自分の心がモヤモヤするのは嫌だ。
俺は俯いたままだったが、強い意志を込めてハッキリと、五十嵐に言った。
「俺の話を、聞いてくれるか」