「あ~楽しかった~」
「結局見つからなかった……」
菫は腕時計を確認する。針は午後五時二十分を示していた。辺りはもう真っ暗だし、二人はもう帰ってしまったのだろう、と判断したのだ。
こうして二人は帰ろうと、遊園地の出口の方向へ歩いていた時、突然辺りに轟音が響いた。
その瞬間、菫はハッ、と虚を衝かれた表情をすると、悔しそうに顔を歪めて、その音がした方向へ走り始める。
「ちょっ、すみれちゃん!」
菫のその行動に驚きの声を上げつつも、彼女の後を追って、すぐに抜き去り先に轟音のした現場に直行する舞。
係員が消えたゲートを先に通り過ぎた彼女は、菫よりも早く目の前の光景を目にした。
「これは……!」
遅れて息を切らしながら、菫も舞の横に並ぶ。
そして、顔を上げた菫の瞳に映った光景は。
「くっ、やはり事故か……」
「どうやらそうみたいね」
彼女たちの先にあるのは、電柱に突っ込みフロント部分が無残にひしゃげて大破したシルバーのワゴン車。運転席のドアが開いていて、その近くの地面に男性が倒れているが、足が血に塗れていて自力で動くのは難しいようだ。
周囲を見渡すと、スマートフォンを取って一一〇番通報をしている人が何人かいた。警察、救急への連絡は大丈夫だろう。
事故の轟音を聞きつけてか、事故現場周辺にはどんどん野次馬が集まってきていた。ちょうど電車がやってきたせいか、それに乗ろうとする人、そこから降りた人が集まり、その数はなおも増え続けている。
菫は周りをキョロキョロと見回す。だが、彼女の身長では野次馬に取り囲まれつつある現場の様子を全て見通すのは難しい。
一方、菫よりも身長が高い舞は、道路の方に目を移した時、思わず声をあげてしまった。
「慧! ひかりちゃん!」
「何⁉ どこだ⁉」
舞はそう叫ぶと、人込みをかき分けて、道路の中央でひかりを庇うようにして倒れ込んでいる慧に駆け寄った。その後ろから菫も駆けつける。
「慧! ひかりちゃん! 大丈夫⁉」
「舞さん⁉ ……わたしは大丈夫です」
「良かった……」
慧の腕の中で、ひかりは舞の問いかけにそう返す。
「どこも怪我はないか⁉」
「はい。わたしに怪我はないです。慧が庇ってくれたから」
「そうだったのね……」
横断歩道を渡っていたところ、さっきの車が突っ込んで来て、咄嗟に慧はひかりを庇った。この状況から、舞と菫には容易にそう推測できた。
と、慧がのっそり起き上がる。
「慧⁉ 大丈夫?」
「あ、ああ……なんとか」
ズボンや上着は、彼がひかりを抱えて道路に倒れ込んだ時に汚れてしまっていたが、目立った怪我は無かった。
「いったん道路脇に退避するわよ」
舞のその声で、二人はゆっくり立ち上がると、道路を長いこと占拠して車の通行の邪魔になってしまわないように、歩道へと避ける。実際は、事故によって車が往来できなくなっていたので、そんなことをする必要はあまり無かった。
歩道に避けた後、菫は慧に声をかけようと口を開く。だが、その顔を見た瞬間、彼女は開きかけた口を閉じてしまった。
慧は、助かったというのに、顔面蒼白で口元を震わせていた。
菫はその理由を悟り、そしてなんとも言えない表情になる。そして、残りの二人も慧のその様子に気づき、無事を喜ぶことも事故に遭ったことを悲しむこともなく、口を噤んだ。
四人の間には静寂が流れる。やがて、それは遠くから近づいてくるサイレンによって搔き消されるのだった。