北風に揺られながら、俺たちの乗ったゴンドラはゆっくりと上昇していく。
俺の向かい側には五十嵐が座り、そのさらに向こうには青から黄色へ鮮やかにグラデーションしていく夕陽の名残が映しだされていた。
「わぁ~高いね!」
「あまりはしゃぐなよ、揺れるからな」
五十嵐は一方に寄って、ゴンドラの横に広がりつつある光の帯を、はしゃぎながら眺めていた。俺はゴンドラが傾かないよう、その反対側に座ってバランスを保つ。
それにしても、流石この高さ。観覧車が昇るにつれて、都心の摩天楼の光まで見えてくる。
藍色の空の下、色とりどりの光の帯は、どんどん広がっていく。
「……あれ⁉ 慧!」
「どうした?」
おおう、突然どうしたんだ……? 五十嵐がこっちに向かって手招きしているので、俺は五十嵐のちょうど向かいまで移動して座り、同じ方を見下ろす。片側に二人が寄ったせいで、ゴンドラがギイと傾く。
「もしかしてアレって、水無瀬さんと舞さんじゃない……?」
「え? いやまさかそんなことが……」
五十嵐が指さした先には、この観覧車のちょうど真下辺りにある観覧車乗り場。
数秒間そこを見ると、こちらを見上げて指をさしている特徴的な服装をした背の低い少女と、その隣で彼女に何か語り掛けているような女性がいた。かなり暗いので良く見えないが、言われてみればそうかもしれない。
「確かにそう見えるな……?」
「見つけた⁉ ぜーったいそうだって!」
「でも、もし仮に本人たちだったとして、なんで二人がこの遊園地に来ているんだ?」
「……さあ?」
ハッ、これはもしかして、俺たちを尾行している⁉
いや、まさか。姉ちゃんに今日誰かと出かける予定があるなんて聞いていない。だったら、水無瀬の手元にフリーパスが残っていて、それで今日偶然姉ちゃんを誘って出かけたとかなのか?
「そもそも別人かもしれないけどな」
「……まあ、そうかもね」
俺は苦笑して、先程の位置に戻る。ゴンドラが再びギイイと軋んで、床が水平になった。
水無瀬と姉ちゃんがいるかもしれない、と俺たちが下を見ていた間もゴンドラは上昇を続けて、いつの間にか観覧車の最高点に到達していた。
「綺麗だね……」
「そうだな……」
事前リサーチによると、この観覧車そのものの直径は約六十メートル。立っている地点の高さを含めると、海抜約百四十メートルにもなる。ちょっとした高層ビルの高さくらいだ。
そこから見える夜景はまさに絶景。昼から夜に移りゆく首都を遠くに眺めることができ、人々の営みも光の広がりで感じることができる。
そんな景色を眺めていると、不意に胸の奥がズキンと痛んだ。同時に、脳裏に今と同じような光景がフラッシュバックした。どこか懐かしいが、いつどこなのか、その詳細が思い出せない。
その記憶の中で、向かいに座った誰かが俺に向かって笑いかけてくる。だが、その顔はぼんやりしていて思い出せない。
いったい、お前は誰だ……?
「どうしたの?」
はっ、と気が付くと、目の前には心配そうに俺を見ている五十嵐。とっさに俺は平静を装う。
「ごめん、なんかボーっとしていた」
「もう……しっかりしてよ、慧」
五十嵐はそう言って笑う。俺もそれにつられて笑みをこぼす。
だが、何か言い知れぬ不安のようなものが、胸の奥に広がっていくのを感じた。