「脱げー! 脱げー!」
「やだー! 痛い痛いー!」
雨宮家の二階。リビングルームの真上にある舞の部屋で、彼女は今まさに菫から服を強引に脱がせようと格闘していた。
菫が着ているのは、舞のクローゼットの中に隠されていたゴスロリ服。普段の舞からは想像もできないような服だが、実際に中学時代、舞はこれを着ていたことがあった。今は黒歴史としてクローゼットの奥に封印していたのだが、先程部屋に侵入した菫に見つかってしまった。
舞は、スーパーでアイスをねだる子供のように喚き散らす菫を、自身の運動神経をフル活用してどうにか床に押さえつけると、その黒歴史服を引っぺがす。
「はぁ……はぁ……」
「う~……」
数分後、部屋には服を引っぺがされて下着姿になり、舞を睨んでいる菫と、荒い息をしながら手に菫から引っぺがしたゴスロリ服を握りしめている舞の姿があった。
「……着たい」
「勘弁してぇ~、私の精神がもたないわ……」
舞がなおも荒い息をしながらそう言うと、菫は不満そうな顔をしながらすっくと立ちあがった。
そして、散らかした自分の服の下から、おもむろに一冊の古いノートと、自身のスマホを取り出す。
「……我に着るのを許可しない場合は、この書物を全世界に晒すことになる……」
「ぎゃーーーー! それだけはやめてーーーーーー!」
そのノートの表紙には、『~私の前世と現世に渡る偉大な物語~』という痛々しい中二病タイトルがつけられていた。もちろん、これは舞の自筆。中二病時代の負の遺産だ。
舞はそれが何であるか認識した途端、叫び声をあげてノートを奪い返そうと飛び掛かる。だが、彼女を抑え込むために体力を消耗した舞は、菫にスッとかわされて、自分のベッドにダイブした。
「我に着るのを許可しない場合は、この書物を全世界に晒すことになる……」
「許可します許可します許可します! だからSNSで公開するのは止めてー!」
一字一句全く同じ声音で同じ警告を繰り返した菫に、舞は遂に折れた。
「絶対? 絶対だよ? 我と契約を交わせ」
「はい……」
舞と菫は小指どうしを交わらせて、指切りげんまんをする。それが終わると、菫は満足したのか、舞の黒歴史ノートを机の上に置き、床の上に散らかした自分の服を着始めた。
「そうだ、レーゲンパラストよ。明日、ターゲットが出発し次第、直ぐに我に電波を送れ」
「ターゲット? ……ああ、慧とひかりちゃんのことね。でもなんで?」
「……もちろん決まっているだろう。まさか忘れているのではあるまいな」
着替え終わった菫は舞の方へと振り返り、ドヤ顔で言った。
「尾行だ」