俺と五十嵐は帰り道を歩いていく。
当然ながら、俺たちの間には全く会話が無い。俺はひたすら五十嵐の方に視線を向けないように、五十嵐はひたすら自分の足元だけを凝視して、俺から視線を逸らしていた。
厳密には数秒に一回くらい、タイミングを見計らって互いの顔をチラ見している。視線が交通事故を起こしたらさらに気まずくなることは確定だが、やめられない。
それにしても、いったい何故五十嵐はこんな状況の中、『一緒に帰ろう』なんて言ったのだろうか。話すきっかけでも作ってくれようとしたのだろうか。だとしたら、ありがたいことにはありがたいが、心の準備が全くできていない。
実際、話そうとはしている。だけど、そのきっかけすら作り出せない。どうやって話しかければいいのか分からないのだ。きっと俺が話しかけたところで、すぐに話が終わってしまうだろう。
……なんて俺はヘタレなんだ。我ながら嫌になる。
そんな雰囲気の中、時間と景色だけが過ぎ去っていく。気づいたら、俺たちは学校の最寄り駅の改札を通り抜けていた。
『お客様にご案内いたします。十二時四十五分頃、新宿駅で発生した人身事故の影響で、全線に遅れが出ています。現在、振替輸送を実施中です……』
「……マジか」
「電車、遅れているの」
改札を通り抜けた途端、頭上から聞こえてくるアナウンス。
おう、マジですか。ということは、ダイヤが乱れているからここで少し待たなくてはいけないということだな。五十嵐と。
別に振替輸送を使ってもいいのだが、別ルートは時間がかかるし、バスは家の近くを通らない。
それに、事故発生から時間が結構経っていることもあり、この駅にも電車は来ている。きっと振替輸送を使うよりも、そのまま乗った方が家に早く着くだろう。
「もうすぐ電車が出るから乗るか」
「……うん」
俺たちはちょうど来ている電車の最後尾に乗り込むと座る。意外なことに、五十嵐は俺の隣に座った。こんな状況だから、もう少し離れて座ると思ったが。
車内に俺たち以外の客はいない。沈黙が車内を支配する。
静かな時間が数十秒。そして五十嵐がポツリと。
「……手繋いでもいい?」
「おう……ってええええ⁉」
思わずいいって言っちゃったよ。思わぬ大声に五十嵐がビクッと一瞬手を引っ込める。
「……ダメ?」
「ダメじゃないが……」
「なら別にいいでしょ?」
五十嵐は若干上目遣いでこっちを見てくる。本当にコイツ天然でやっているのか?
まあそれは置いておくとして、俺の方から断る理由はない。何故今こんなことをやろうとしたのか、五十嵐の意図は全く分からないけれども。
俺がそのまま黙っていると、五十嵐はこれを肯定と受け取ったようで、俺の左を右手でゆっくりと重ね、掴んだ。
その手は温かかった。
だが、逆の立場からすると、五十嵐にとっては俺の手は冷たく感じる訳で。
「冷たっ!」
五十嵐のその一言で、雰囲気が一気にぶっ壊れた。