「さ、慧、行くわよ。……ほら、歩いて」
「は、嵌められた……」
俺は姉ちゃんに拘束されたまま、廊下を歩いていた。
周りからの視線が痛い。逃げないから、いい加減解放して欲しいんだが。
そして、俺が歩いている横から水無瀬に連れられた五十嵐が現れた。こちらは水無瀬の特徴的な中二病の容姿のせいで注目を集めて、人払いをしている。やったね、水無瀬。君には『人払い』の才能があるよ!
ここでようやく、姉ちゃんは俺の横で五十嵐の手を引いている水無瀬に気づいた。
「おっと、ここに校則違反の常習者が」
「む! 貴様はむぐっ……!」
片手で俺を拘束しつつ、もう片方の手で水無瀬の口を塞ぐという高等テクニックを姉ちゃんはさりげなく披露した。水無瀬の口を塞ぐことで、姉ちゃんは自分の黒歴史が周囲にバレることを防ぐ。
この機会に俺の拘束を解いてくれませんかねぇ……。
「むむーむー‼ ぶはっ、いきなり何をするのだレーゲンパラむぐ!」
「すみれちゃんには一度制裁が必要なようね……」
姉ちゃんは俺を解放すると、代わりに水無瀬の腕をがっちり拘束した。その水無瀬は五十嵐の手をパッと放して抵抗し始める。
だが流石は姉ちゃんだ。俺でも放せないほどの強い力で、水無瀬を今度こそガッチリ拘束すると、注目を集めたままズルズルと引きずっていった。
これから水無瀬がどうなるのか、ある程度の想像はついた。
五十嵐と俺は二人を見送った後、ハッと我に返る。
もっちーや水無瀬、そして姉ちゃんのせいで、無理矢理連れて行かれかけていたが、勝手に自滅してくれたおかげで今は晴れて自由の身。元々俺は図書館に行って時間を潰し、五十嵐と同じ電車に乗らないようにしようとしていた。
拘束を解かれた今、このまま五十嵐と帰る必要はない。気まずい時間を過ごす時間を減らす方が俺のためだけではなく、五十嵐のためにもなるだろう。
俺は五十嵐に向き直ると、その顔に視線を合わせないようにしつつ、
「えっと……俺は、ちょっと図書館に行ってる。だから、先に帰っててくれ。じゃあな」
そう言ってこの場から一刻も早く離れるべく、図書館に向かおうとした。
のだが。
「……待って」
「ど、どうした」
五十嵐の横を通り抜けようとした時、彼女は俺のブレザーの袖をグイと引っ張った。
いったいなんだ? そう思って、俺は数時間ぶりに五十嵐の顔を直視する。
五十嵐は何かを決心したような顔をしていた。そして、その口から出てきた言葉は、
「慧……一緒に、帰ろう?」
「……え」
予期せぬ、帰りのお誘いの言葉だった。