水無瀬はここスーパーでも、いつもの眼帯は取り外していない。まさかここでもこんな変な格好をしているとは思わなかったぞ。
本当に中二病なんだな……。少しは周りの視線を気にした方が良いと思う。
「それで、何故こんなところにいるんだお前」
「フフフ……忌々しいことに我を創りし者に強制命令を下され、こうして下界に已む無く赴くことになった……」
「なんて言ってるの?」
「『私はお母さんに買い物を頼まれた』と言っている」
「勝手に翻訳するなぁ!」
「なるほど~」
コイツの中二病語はいちいち分かりにくい。それでも、俺はかなり理解できる方だと思う。水無瀬語検定二級くらいなら取得できそう。
と、水無瀬は突然カッコつけてビシッと俺を指さしてきた。
「レーゲンパラストの貴弟よ! 今、我、時間を駆けし者、ヴァイオレント・ウォーターレスシャロウが命ずる! 我に代わり速やかに曲がりし緑黄のグーケを手中に収めよ!」
「……何を取れって?」
「我に代わり曲がりし緑黄のグーケを取れ!」
「……グーケって何?」
「キュウリのこと! キュウリ取って!」
水無瀬が指をさした先には棚に並べられたキュウリ。かなり高い段に位置するため、身長が低い水無瀬ではギリギリ届かないようだ。ジャンプか背伸びをすればいいのに。
「最初から『キュウリ取って』って言えばいいのに全く……」
俺はキュウリの入った袋を手に取ると、水無瀬に手渡す。ついでにもう一つ、俺たちのカートにも載せた。
「あいよ」
「感謝する」
水無瀬は嬉々としてそれを受け取ると、自分の持っていた買い物かごの中に入れた。
そして再び俺たちの方に視線を移すと、今度は弾かれたように五十嵐を指さして驚きに満ちた声。
「なっ! 貴様はフンフツィヒ・シュトルムではないか!」
「こんにちは、水無瀬さん」
「こ、こんにちは……」
ツッコミをされずにスルーされて、素に戻りかけている……。
それにしてもフンフツィヒ・シュトルム……五十(フンフツィヒ)嵐(シュトルム)だろうか。響きからしておそらくドイツ語だろう。
ゴホン、とペースを戻した水無瀬は、俺たち二人を交互に見て後ずさりしながら、
「まさか貴様等この休日に一緒にいるということは不純異性交遊いや既に恋人の契約を打ち立て互いに承認し合う仲になっているということなのか⁉」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「俺たちは恋人ではない!」
俺のその言葉に、水無瀬はほう、と目を光らせる。
「であれば何故共にいる?」
「それには事情があってだな……」
俺が目を逸らしながら弁明すると、水無瀬はビシッと俺を指さした。
「どうやら我と貴様の間に認識の齟齬が存在するようだ……その話、詳しく聞かせて貰おう」
……面倒くせえ奴に捕まってしまった。