翌日の土曜日の朝。俺は冷蔵庫の中を見ながら言った。
「足りねえな……」
何が足りないか。そんなの決まっている。
「食材が足りない……」
目の前の冷えた空間はスカスカ。あるものといえば調味料と納豆くらいだろう。
これまで何とか残っていた食材でやりくりしてきたけど、もう限界だ。今日買ってこないと俺たちが食べるものはない。
「買ってくるか……」
俺は冷蔵庫を閉めると、廊下を挟んだ和室の襖を開ける。
薄暗い和室の真ん中には布団が敷いてあり、そこで母さんは寝ていた。昨日も夜遅くまで働いていたから、まだ寝足りないのだろう。お疲れ様です。
「母さん、食材が無いから買ってくる。だからお金くれ」
「うん……」
すると、布団の中から手がにゅっと伸びて、枕元にあったバッグの中から財布を取り出す。さらにそこから万札を取り出すと俺に差し出す。
「……ありがとう」
万札を普通に渡してくるなんてどんだけ俺のことを信用しているんだよ。まあ、信用されているのは嬉しいんだが、財布をこんな誰でも取れるような位置に置いておくなんて、ちょっと無防備過ぎないか?
まあ、いつものことだし、これを今言っても、母さんはまた寝てしまっているだろうから意味がないだろう。母さんが起きるのは正午頃だからな。
俺は襖を閉めるとリビングに戻り、必要な物をメモしていく。
えーっと、卵と牛乳と……。
「何やってるの、慧?」
「うおっ! 五十嵐か」
ビックリした~、いつの間にか背後に立っていた。さっきまでリビングでアニメをずっと見ていたはずだが、どうやらこっちに興味が湧いてきたらしい。よし、せっかくだし荷物持ちをやらせ……手伝ってもらうか。
「これからどこか行くの?」
「買い物。今日行かないと飯が食えなくなるぞ」
「ならわたしもついていっていい?」
「ああ。というかついて来い」
「やったー!」
五十嵐は無邪気に喜んでいる。
だが五十嵐よ。お前はまだ、買い物の厳しさを知らない……。
☆★☆★☆
「五十嵐、こっちだ!」
「わぷ」
「絶対はぐれずについて来いよ!」
「う、うん……!」
十数分後、俺と五十嵐は殺人級の人ごみに飲まれつつも、何とかお互い離れずにいた。
俺が前線に出て、後ろに待機している五十嵐に確保した商品を渡すという構図だ。俺は他人に押されながらも、何とか目標数を確保して退却した。
「お疲れ」
「……結構壮絶だね」
五十嵐は疲れでげっそりした顔をしている。
ここ、近所の総合スーパーでは、只今ウルトラセール中である。俺たちはその真っただ中、商品を安く手に入れるため、ライバルたちと死闘を繰り広げていたのだ。
「よし、必要数確保できたから、次行くぞ」
「まだあるの……」
俺が次の場所に向かおうと歩き始めたその時だった。
「フフフ……これも時空の因果が交わった結果。奇遇だな! レーゲンパラストの貴弟よ!」
聞き覚えのある声で、聞き覚えのある言い回しが聞こえてきた。
「……水無瀬か」
振り向いた先には、今日も中二病が絶好調の水無瀬がいた。