「姉ちゃん……」
教室のドアの向こうから現れたのは姉ちゃん。
俺たちの方を見るなり、今日もテンションМAXで近づいてくる。
「やっほー、遊びに……って」
「ぎょっ……ゲフッゴホッ!」
そして、水無瀬を見つけると姉ちゃんの言葉は詰まり、また水無瀬も姉ちゃんを見て驚きのあまりむせた。
姉ちゃんの目がスッと細くなり、水無瀬の全身をジロジロと見回す。
その途中で、回復した水無瀬が中二病全開モードで姉ちゃんに名乗りを上げる。
「フフフ、久しいな我が盟友、タンツ・レーゲンパラスト!」
「私をその名前で呼ぶなー!」
水無瀬がそう言った途端、姉ちゃんは耳を押さえてしゃがみこむ。
雨(レーゲン)宮(パラスト)舞(タンツ)……。いつも思うのだが、二つ名はドイツ語か英語のどっちかに統一しろよ……。
「私はもう中二病じゃないから! そんな恥ずかしい名前の人は知らないっ!」
「我が盟友よ……貴様は組織の闇にすっかり侵されてしまったようだ……。つい二年ほど前迄は共に道を歩む間柄だったであろう……」
そう、姉ちゃんは二年前まで中二病だった。
同じ中学だった二人は、それぞれ二つ名を名乗り一緒に活動していた。まあ、それも二年前に姉ちゃんが脱・中二病をして終わるんだけどな……。
ちなみに今も姉ちゃんの部屋には、当時の遺産が残っている。いつぞや五十嵐が着ていた『私は堕天使』Tシャツも、実はそのうちの一つである。
「とにかく、すみれちゃん!」
「その名で呼ぶなー!」
今度は水無瀬が耳を塞ぐ番だった。だが、姉ちゃんは無理矢理耳から手をひっぺがす。
「水無瀬さん、貴女は校則違反をしすぎです」
「フフフ、我を縛る規則などこの世に無い! そう、時の流れさえも……」
「まずスカート丈ね。短すぎ。パンツ見えちゃうよ」
「ひゃう⁉」
慌てて水無瀬はスカートを押さえた。その隙にえいや! と姉ちゃんは水無瀬の左目の眼帯を毟り取った。
白日の下に晒された水無瀬の左目は紫だった。生まれながらのオッドアイという訳ではない。
「我が眼帯が……返してぇ~」
「カラコン禁止です」
左目を押さえながら眼帯を取り戻そうと水無瀬はジャンプするが、姉ちゃんの手には届かない。水無瀬が低身長なせいで、その手は空を切る。
そしてその手を、姉ちゃんはパシッと掴んだ。
「な、何をする⁉」
「これから生徒会室で、校則違反を直させてもらうわよ」
「く、こんな卑怯な手に我が屈するとでも……、あ、ちょっと、助け、助けてぇ~!」
ズルズルと姉ちゃんに引きずられていき、水無瀬の声はフェードアウトしていった。