ギイイ、と軋んで開いた少々錆びたドアの向こうには、寒く強い北風が吹いていた。
「さむっ」
俺に続いて出てきた五十嵐が率直な感想を述べる。
そりゃそうだ、ここ、屋上だもん。
俺の足元から水平に広がっているのはコンクリートの無機質な灰色の床。それはある程度の広がりを見せた後、縁にはくすんだ灰色の手すり。その上に広がっているのは青く澄み渡った空とぽつぽつと浮かんでいる白い雲。
典型的な高校の屋上だった。
屋上には俺たち二人の他には誰もいない。というか大部分の生徒はここが開放されていることすら知らないと思う。この時間、皆はたいてい校舎前の広場や、開放された校庭で遊んでいるからな。今も下の方から微かに男子生徒の喧騒が聞こえる。
俺はポケットに手を突っ込んだまま、屋上の端まで移動し空を見上げる。
沈黙が流れた後、その後ろから五十嵐がポツリと言った。
「ありがとう、慧」
「……あのまま見ていても、胸糞悪くなっただけだからな」
あのまま俺が何もしなかったら、優柔不断な性格の五十嵐は勧誘の海に溺れたままゆっくりと昼休みを過ごせなかっただろうし、何より俺が休み時間をゆったり過ごせなかった。やらないでずっと気分悪く過ごすよりも、思い切って行動して早くすっきりする方を俺は選ぶ。
べべべ、別に五十嵐がかわいそうだからとか、そういう理由で助けたんじゃないからね! ゆったり弁当が食べられないから助けてあげただけなんだからねっ! 勘違いすんなよっ!
……何故一人でツンデレしているんだろう、俺。虚しいしキモい。
数分間、静寂の時間が流れる。
青い空に流れる白い雲をぼんやりと眺めていると、不意に五十嵐が小さな声で話しかけてくる。
「……たぶん、慧に迷惑かけちゃうのって、わたしがはっきり断れない性格しているからだよね……ごめん」
「……謝るなよ」
善意で連れ出した俺が悪者みたいじゃないか。優柔不断なのを自覚しているんだったら、謝るより治す方を先にしてくれ。
はぁ、とため息をついて、冬の澄んだ空気を感じながら、俺はこのどんよりとした雰囲気から脱却しようと話題を変える。
「それで、結局何部に入るんだ?」
「えっ?」
俺は突然話題を変えられて戸惑っている五十嵐の方を見る。
「部活だよ部活。お前、一昨日紙を見て悩んだんじゃねえの?」
「ああ……うん」
五十嵐はちょっと間を空けると、自信無さそうに言った。
「まだ、決めてないよ」
「そうか。勧誘を断るためにも、早めに決めておけよ」
「う、うん。それとさ……」
「どうした?」
「もう昼休み、終わっちゃうよ?」
キーンコーンカーンコーン……
あ。そういえば俺、昼飯半分しか食ってなかったよな……。
そう思ったからなのか、ギュルギュル~と、まるでまだ食べたりないと主張するかのように俺の腹が鳴る。
これは午後の授業は大変なことになるぞ……。
「じゃあ、先に戻っているね」
五十嵐はそう言って、タッタッタと階段を駆け下りて行った。
残された俺に、寒い北風が吹きつけた。