体力テストの翌日。昨日は一日中体を使って疲れているというのに、間髪開けず今日からはまた通常授業だ。
運動部に所属しておらず、朝のランニング以外は激しい運動をしない俺にとってはちょっと辛い。日常的に全く運動しない奴よりかはマシではあるが。誰か体力テストの次の日は休みにするっていう法律を作ってくれよ。
もちろん、そんな法律はないし、かと言って学校を休んでしまうとデメリットばかりなので、結局学校に行くのだが。
そんな学校の授業もあっという間で、キーンコーンカーンコーンと昼休みに突入したことを知らせるチャイムが鳴った。
俺は弁当を広げて、早速食おうとする。
だが、次の瞬間。
「ねえねえ、五十嵐さん! バレーボールに興味はない?」
「もしかして、サッカーやってたりしない?」
「一緒にソフトボールしようよ!」
俺の席の真後ろに主に女子生徒どもがわんさか集まって来て、人口密度と周辺の気温が急激に上昇する。
しかもタチの悪いことに、教室内からだけではなく、教室外からも女子生徒が今もとめどなく入り込んでは、どんどんその輪に加わっていく。
一種お祭り騒ぎのようになりつつあるその輪の中心にいるのは、五十嵐。
当然っちゃ当然の結果だ。昨日あれだけ自分の身体技能を披露していたんだからな。そりゃあ校内の知名度は天も次元も突き破るほどだろう。それに、よい部員を求め続けている運動部にとっては、流星の如く突如として現れた『運動が超できるスーパー転校生』だからな。
きっと本人に他意はないだろうけど、こうなってしまうのは必然だった。
机を合わせながら、前からもっちーが言ってくる。
「めっちゃ人気じゃないか、五十嵐さん」
「そうだな。でも、周りが鬱陶しいことこの上ない」
そう言って振り向き、俺は自分の座っている椅子をぎゅうぎゅうと押してきている女子の背中を睨んだ。
別に睨んだところで女子は五十嵐の勧誘に夢中だし、背中に目がついているわけではないので俺の視線には気づかないだろう。俺はデカいため息を一つついて、仕方なく再び弁当を食べ始める。
何も昼休みから突然こうなった訳ではない。今日は朝からこんな調子だ。五十嵐が登校してきた途端、あっという間に運動部の女子が取り巻き、授業の合間の休み時間も勧誘し、しかも時間が経つごとにその数はどんどん増えていった。身の危険を感じて、五十嵐が三時間目と四時間目の休み時間中に昼飯を早めたくらいの生徒の数である。
……そして十数分、昼休みももう半分くらい過ぎた。だが一向に五十嵐周辺の生徒が減る様子はない。むしろ、昼食を食べ終わった人か、野次馬か分からないが、どんどん増えている。俺の弁当箱の中身も、これに妨害されているせいなのか、まだ半分以上も残っている。
ホント、マジ鬱陶しい。昼休みくらいゆっくり飯を食わせてくれよ。
この状況をよく思っていないのは、きっと俺だけではないはずだ。
……時々伺える五十嵐の表情が、少し困惑しているものになっている。
まあ、ここまで集られたら迷惑だろう。それに、俺も完全に五十嵐とは赤の他人というわけでもない。
「悪い、ちょっと席を外す」
「お、ああ。早く戻って来いよ」
俺はガタンと席を立つと、失礼と断りながら女子の輪の中に入っていく。周りから奇異の目が向けられ、思わずやっぱいいや、と引っ込みたくなるが、ここはグッとこらえる。
やっとのことで見えた五十嵐の表情は、笑顔だった。だが、その裏には困惑が張り付いているように見える。
そして、俺の姿が見えた瞬間に、五十嵐はパッと『助けが来た!』と今にも口に出しそうな顔になった。
「五十嵐、ちょっと……」
「うん! ……ごめんね、ちょっと用事があるから」
俺と五十嵐は女子の輪から、そして教室からも脱出することに成功した。