結局、現金は、これ以上他の人にバレると面倒なことになりそうなので、二人だけの秘密ということで、段ボールごとしばらく五十嵐の部屋に置くことにした。
夜十一時。
忙しく動き回り、家事を全て終わらせた俺は、只今自室で絶賛勉強中! 明日もいつものように早く起きないといけないので、もうそろそろ寝なくちゃ六時間の睡眠が確保できなくなる。
「……もうそろそろ寝るか」
椅子に座りっぱなしで凝り固まっていた体をコキコキ鳴らしながらほぐしていく。俺は勉強道具を鞄の中に突っ込むと、いつものようにスマホを手に取った。
そして、何気なく起動したら。
「うおっ……いったい何があった⁉」
なんとLIМE(ライム)の通知が三百を超えているではありませんか! さっきからスマホが妙にうるさいなと思ったら、こういうことだったのか。
LIMEは個人間や集団間のクローズドなメッセージのやり取りがメインのSNSだ。俺はクラスの中では比較的『友達』が多い方だと思うのだが、こんなに通知が来ることはまずない。
いったい何があったんだ⁉ 俺は早速LIMEを開く。
トーク履歴を埋め尽くしていたのは、全て俺と五十嵐のことについて。即ち、
『五十嵐さんとお前って、付き合ってるの?』
「いやいやいや、付き合ってなんかないって」
何人かとのトークを見てみると、どうやら部活中の連中が一緒に帰る俺と五十嵐の姿を見ていたらしく、そこからすぐに噂が拡散したらしい。実際は二十人くらいから聞かれていたのだが、そのうちの一人がスタンプを大量に送り付けてくる『スタ爆』をしてきたので、通知が三百件を超えていたのだった。全く、迷惑な話だ。
とりあえず、俺は聞いてきた全員に『たまたま帰るタイミングが同じなっただけだ』的なことを返しておいた。今はまだ、許嫁の相手が五十嵐だということを公にするべきではない。これから公表するつもりもないけど。
それでもなおしつこく聞いてくる奴には、『姉に押し付けられた案内で帰る時間が同じになった』と答えておいた。嘘はついていない。一応これは事実だ。
全てのトークに返信を行い、一段落ついた俺は背もたれに寄りかかって上体を反らす。そして、俺の視界には逆さまの五十嵐。
「お疲れ」
「うわっ!」
慌ててきちんと座り直して振り返ると、そこにはいつの間にか五十嵐が立っていた。なんかコイツ、ステルス性能高すぎじゃね? いつの間にか背後にいるよな。
「慧が今やっていたのって何?」
「LIMEっつうメッセージなんかがやり取りできるアプリだ」
「へぇ~、わたしもやりたい!」
そう言って五十嵐はすぐに自分の部屋からスマホを取ってきた。ちなみに、そのスマホはさっき段ボール箱に入っていた『神スマホ』である。どうするの? と覗き込んできたので、ちょっと貸して、とスマホを手に取り、インストールする。神から貰ったスマホって普通に使えるんだな……。
「これでいいはず」
「ありがと~。これで、どうやってメッセージを交換するの?」
「ああ、それはLIMEをやっている人同士で通信して『友達』になればできるぞ」
「じゃあ、早速やろうよ」
「ああ」
五十嵐は設定を数十秒弄ると、またこちらにスマホを渡してくる。どうやら、交換のやり方が分からず、俺にそれをやってほしいみたいだ。俺はその画面まで操作していく。
そして五十嵐に改めてやり方を教えて、互いにスマホを操作すること数秒、チロリン♪ という音と共に、画面に『☆hikari☆』という名前のアカウントが現れた。
……これが五十嵐のアカウントだろうか。キャピキャピ感パネぇ。
と、五十嵐が続けて、
「これって何人かの人と同時にお話しすることってできないの?」
「ああ、できるぞ。『グループ』ってのを作って入れば、その中で会話ができる。勿論、俺たちのクラスのグループもあるぞ」
「じゃあそれに追加してよ」
「あいよ」
俺は早速クラスグループに五十嵐のアカウントを招待するため、招待画面でさっき入手したばかりの五十嵐のアカウントにチェックをつける。これで、後は下の『招待』ボタンを押せば完了――
というところで俺は手を止めた。
もし俺がこのまま五十嵐のアカウントを招待したらどうなるか。
クラスの中で五十嵐のアカウントは現在俺しか持っていない。というかそもそも五十嵐がスマホを持っていることすら知らないだろう。
そして、俺が五十嵐を招待した途端、俺は自動的に『五十嵐に親しい人間』というレッテルを貼られることになる。それは即ち、俺の許嫁の相手が五十嵐なんじゃないか、という疑惑にも繋がってしまう。
そもそも、よく考えてみれば、安易にLIMEを交換したのも悪手だったのでは? 五十嵐のアカウントの『友達』一覧を覗き込めば、俺のアカウントが入っていることは、クラスの連中なら誰でも気づいてしまうだろう。
一応姉ちゃんをダシにした言い訳はできるが……。これ以上の面倒事や噂を避けるためにも、クラスラインへの招待は止めておいた方がいいかもしれない。
「スマン、俺のスマホは接続が悪いみたいだ。だから、明日他の人に招待を頼んでくれないか?」
「うん、分かった。それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
五十嵐は俺のその咄嗟の嘘を疑わずに、自室へと戻っていった。
少し心が痛むが……。許してくれ五十嵐。それに、これからはより気を付けなければ。