道には色づいた葉がかなり落ちていて、本格的に冬がそこまで迫ってきていることを教えてくれる。
そんな道を、一度は俺を殺そうとしてきた天使と一緒に歩いているとは、なんと数奇な運命なのだろうか。
定期券で自動改札を通り抜けると、俺たちはちょうどやって来た電車に乗って席に座る。当然、五十嵐は俺の隣に座る。
そういえばコイツって何故俺を殺さないんだ? ガラガラの車内を眺めていると、いつだったか一度は考えた疑問がぶり返してきた。『慧君を殺すことはまずない』と言質を取ってはいるが、何故そう方針転換したのかはまだ聞いていない。
他にも気になることはある。コイツが天使の姿で俺の前に現れたのは最初の一度だけ。それからは、天使の力を使ったとしか思えない場面は何回もあったが、天使の姿になっているところは見たことがない。これも、いったいどういうことなのだろうか。
「なあ五十嵐」
「どうしたの、慧?」
「何故俺を殺さないんだ?」
「……殺してほしいの?」
五十嵐はそう言って拳を握り締める。気のせいか、五十嵐から何か強大なオーラが滲み出ているような気がする。
「いやそんなことはこれっぽっちも思っていませんが」
危ねぇ……。というか、これじゃ俺が自殺志願者か究極のドMみたいじゃないか。
俺が今言いたいのはそうではなくて。
「お前さ、最初に会った時俺を殺そうとしてきたよな? じゃあ今はなんでそうしないんだ?」
「それは……」
五十嵐は口ごもりながら電車の床に視線を落とす。思ったより話しにくい事情でもあるのだろうか。
数秒間考えるように黙ると、五十嵐は小さな声でポツポツと語り始めた。
「まず、わたしがこの世界に来たのは神の命令によるものだ、っていうのは知っているよね?」
「ああ」
初めて会った時に『神の名において~』って言っていたからそれは間違いない。
「本来なら、慧と接触したその日に、慧を殺すはずだった」
「……だけど、弓矢の扱いが下手すぎて俺を殺せなかった」
「……うん」
あれ? もしかして弓矢の扱いが上手くないことはコンプレックスだった?
どうやらそれは当たっていたらしく、五十嵐はちょっとこっちを睨んできた。視線で射殺されそう。
五十嵐は咳払いをして話を続ける。
「貴方の抹殺に失敗したわたしは、神のもとへ戻って報告をしたの」
「それで、神が怒って天界から追い出されでもしたのか?」
「……ちょっと違うけど、まあそんな感じかな」
天使も色々と大変なんだな。
「じゃあ、天使の姿にならんのは何故だ?」
「力をもう全部使っちゃったから」
……つまり、天使は力を使うことで超自然的な働きができる。だけど、五十嵐は姉ちゃんや母さんの洗脳だったり、学校の入学準備だったりでその力を使い切っちまった、と。
「じゃあ、今のお前は一般人だと」
「そういうこと」
「ふーん……じゃあ、俺はお前に弓矢で殺されることはないと?」
「今の所はね。慧を殺す予定はないよ」
そう言って五十嵐は手をヒラヒラ振る。……安心していいのかコレ?
「でもなんだったのでしょうか……。神の最後の不可解な命令は……」
「神の最後の不可解な命令?」
「え⁉ な、何でもないよ!」
怪しい……。今ばっちり独り言が聞こえていたぞ。『神の最後の不可解な命令』って何だろう。
まあ、俺が今考えても結局は無駄なことだろう。五十嵐は聞いても教えてくれないだろうし、かといって神に聞けるわけでもない。
ブシューとドアが閉まると、電車はゆっくりと発車した。