姉ちゃんが連行され、集まっていた生徒も散り、急に静かに感じられる放課後。
ほとんどの生徒は部室に籠っているか、外で運動しているか、帰っているかのどれかだ。
校内には、オーケストラ部が楽器を鳴らす音だけが響き渡っている。
俺は五十嵐に学校を案内――二人で雑談しながらブラブラと校内を散歩する。
「そういえば慧君」
「いっそのこと君はつけるな。なんか気持ち悪い」
「分かった。慧は生徒会の雑用なの?」
「なわけあるか。俺は放送委員だ」
雑用に就任した覚えはないし、そもそも生徒会の規則によると生徒会には『雑用』という役職はない。
「生徒会長である姉ちゃんが弟である俺をこき使うためだけにさっきあの場で勝手に作り出しただけだ」
「ふーん……。やっぱり舞さんは学校内では偉い人なんだね」
「まあ、そうかもしれないな。ただ、何でもできるわけではないな。確かに運動はできて、求心力とかカリスマもあるけど、肝心の脳ミソの出来がイマイチなんだよな」
「お姉さんのこと、そんな風に言っちゃだめだよ」
「事実を言って何が悪い」
だって実際定期テストはいつも赤点スレスレの点数だし、それでいつもスマホ没収されそうになっているし。
「というか、もうそろそろ定期テストの時期か……」
「定期テストって?」
「お前知らないの?」
「うん」
定期テストも知らずに学校に入って来たのかよ!
もしかすると、コイツ、高校の教育システムを全く理解していないんじゃ?
「そもそも学校って何のためにあるのか知っているか?」
「……暇つぶし?」
「ちゃうわ! 青少年の教育のためだ!」
やっぱり予想通り。コイツ根本的に常識が欠如してやがる。天使だから仕方ないのかもしれないけど。
俺はため息をつくと、無知な五十嵐に説明を始める。
「はぁ……定期テストっていうのは、これまでの学習内容についての問題が出されるテストのことだ。これで平均点数の半分未満の点数しか取れない教科が多いと、最悪学校を辞めさせられることになる」
「ええっ⁉」
衝撃の事実を聞いたって顔をしているな。つまり……本当に遊びで学校があるんだと思っていたのかよ!
「マズいじゃん! わたし、今日の授業で全然ノートとか取っていないんだけど⁉」
「それは自分が悪い」
「そんなぁ……」
五十嵐はしゅんとした子犬のような雰囲気になる。世間の辛さをようやく理解したようだ。でもちょっとかわいそうだから一応フォローしておこう。
「まあ、まだまだ時間はあるから、今からでも勉強するのは遅くないと思うぞ」
「……そうだよね」
ちょうどその時、俺たちは学校を一周し終わり、下駄箱の前に到着した。二人とも帰りの支度は万端、鞄なども全部持っている。これは『帰れ』という天啓が来ているということだな。
「それじゃあ、帰るか」
「うん」
運動部の無駄に威勢のいい声を聞きながら、俺たち二人は学校を後にした。